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私は去年の年末に訪れた和歌山城に感動しました。
遺構や復元された建築物、歴史的背景も学ぶことができ、とても一日で回り切れないなぁと嬉しく思いました。
観光交流センターでも秀長の築城の城としてPRもしていくと伺いましたので、にっぽん城まつりなどでも今年は推していかれるのかと思います。
写真は夜の天守と御橋廊下です。
虎伏山に輝く天守は迫力がありました!
賤ケ岳の戦いにおける秀長の本陣だったお城(砦)です。
賤ケ岳の戦いと言えば柴田側の玄蕃尾城が有名ですが、羽柴側の本陣であったこの田上山城も良く遺構が残っており見ごたえがありました。
ただ、田上山城見学後、さらに最前線の堀秀政の陣があった東野山城へ繰り出したのですが途中で車がパンクし、たどり着けなかった方が思い出深かったりしますが。
最近訪れて一番記憶に新しい大和郡山城です。
今年後半には間違いなく話題になる城ですが先日訪れた際は大河ドラマ館のオープン前ということもありまだ訪れる人もそれほど多くなくかなりゆったり見てまわることができました。
転用石を多く使用した天守台をはじめ復元された追手門など見どころも多くまた近いうちに訪れたい城です。
写真は天守台です。
秀長の家臣だった藤堂高虎により、石垣造りに改修された有子山城が印象的です。登山道は噂通りのハードさで、この日は此隅山城にも登っていたので、下山時の丸太階段が一段一段降りる度に足にこたえたのを今でも良く覚えています。それでも、主郭から眺める出石の街並みや高石垣は疲れも忘れるくらいの眺めで、機会があれば再度攻城したいと思っています。
大和郡山城はだいぶ前に訪問したきりなので、昨年春に訪れた、滋賀県の長浜城にします。
城跡遺構はほぼなく、天気も悪かったのですが、補って余りある出会いがありました。
①慶雲閣で開催されていた盆梅展。建物も素敵でしたが、多種多様な梅の盆栽と陰影がアート作品のように素晴らしく、時間を忘れました
②瓢箪型長浜城撮影ポイント(添付写真) 楽しい!
③博物館内にあった、「H1グランプリ」小学生達の自由研究発表優秀作品のレジュメ。将来が楽しみな発表の数々、ユニークで見応えがありました。
立春が待ち遠しいブースカです。
大和大納言になった小一郎なのでやっぱり「大和郡山城」なんでしょうが
「長浜城」を選びました。
天正元年(1573年)、藤吉郎が浅井長政を滅ぼした功により城主となった「長浜城」が兄弟二人して駆け上がった頃を象徴しているので。
今週行った長浜城は3度目でしたが、寒かったので展示をゆっくり見て豊臣兄弟について考えていました☺️
初めての城持ちになった長浜城。
安土、大溝、坂本、と共に4城で海上輸送も便利、軍事も有利で信長さんも一番いい時だったのかな。
そして、長浜城主となってすぐに秀吉は中国攻めを命じられますが、秀長も長浜城の城下町やインフラ整備に携わったそうです。
二人にとっても夢のあるいい時だったのかなぁ、と感じました☺️
2度目の長浜城訪問時は両親と盆梅展も行き、素晴らしかったです🌸
写真は長浜盆梅展🌸
長浜城ですね。遺構はそれほど残っていませんが家族で何度か行った思い出のあるお城です。実際はお城に隣接している豊公園に行ったのですが、四季折々の花が咲き和ましてくれるこのお城を秀吉と秀長が苦心してつくり現代の人が公園として利用しているのは何とも感慨深いです。
大和郡山城ですかね。
大和郡山城は筒井順慶によって築かれた城です。その後は秀吉の実弟である羽柴秀長の居城となりました。
このお城で、団員総会の翌日に狸親父さんにばったり出会いました。攻城中、団員さんに偶然出会ったお城は記憶に残っているもので、その時は柳沢文庫が閉まっていたので、また攻城したいと考えています。
今放送されている大河ドラマ「豊臣兄弟!」でどのような形で出るのか今から楽しみです。
横山城です。2020.11.24長浜駅からバスで石田で下車し、石田三成出生地へ行って銅像を見た後、日吉神社側の登城口から攻城しました。北城からの眺望は素晴らしかったです。攻城後には南城を経由して観音寺側に下りました(道は結構厳しかったです)。観音寺は、三献茶で有名な石田三成と羽柴秀吉の出会いの地とされ、本堂、鐘楼、惣門が重要文化財で、三成がお茶の水を汲んだとされる古井戸も残っています。下山したもののバスの接続が悪く、やむを得ず徒歩で姉川古戦場まで歩きました(当時はまだまだ元気でした)。
秀長の本拠地として栄え、100万石の大名が治めた居城「大和郡山城」。
城下町を紹介する観光ガイドでは、秀長の足跡とともに、町の基盤を整えたことから「金魚の町の恩人」として語られています。
城下にある「おみやげ処こちくや」では、一年中、親子で夢中になれる金魚すくい体験を楽しめます。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第2回の紀行に登場した「頭陀寺城(静岡県浜松市)」が思い出に残っています。城主は今川家臣の松下之綱で、第1回で藤吉郎(秀吉)が松下加兵衛殿として語っていました。
現地で知って驚いたのが二人の共通点で、ともに天文6年(1537年)に生まれ、慶長3年(1598年)に亡くなっていることです。まるで運命を共にした兄弟のように感じてしまいました。
秀吉の家臣となる松下之綱との再会はあるのか、今後の展開が楽しみです。
写真は、頭陀寺の三公像(豊臣秀吉、徳川家康、井伊直政)です。
「現地に遺構は無かったけど」…豊臣兄弟の水攻めが行われた紀伊太田城の思い出です。
文化財マップ「太田城水攻めと大規模弥生集落」をもとに現地を散策したのですが、点在する案内板をめぐって遺構無き住宅街を歩いた感想は『なぜ、城跡なのにここまで平坦なんだろう』でした。
あとで確認したところ、備中高松城、忍城と同様に紀伊太田城がある場所は、河川が運んだ泥や砂が堆積してできた土地(河川・海岸平野堆積物)だからフラットだし、比較的低いので確かに水攻めは有効かもと思った、という話ですが…
秀吉・秀長兄弟にゆかりのある城の思い出という事であれば、まずは賤ヶ岳の合戦において秀長が守将となった近江の「田上山城」です。田上山城は賤ヶ岳の合戦で秀吉方の本陣的な役割であり、その城を任せた秀吉の秀長に対する兄弟である事以上の信頼を感じ、それに応える秀長は合戦においても優秀であったのであろうと思います。賤ヶ岳の合戦に勝利した秀吉は織田軍において筆頭となり天下人となっていくのですから、まさに兄弟で掴んだ天下人です。次に肥前の「名護屋城」です。秀吉が朝鮮出兵の為、築いた城です。名護屋城を訪れて本丸より海を眺めた時に、少し秀吉の狂気を感じました。この頃にはすでに秀長は没していたのですが、もし存命であればこの出兵に対してどのように対処したのだろうなどと考えました。名護屋城は遺構が素晴らしく、また各地の大名の陣跡が多く残り、再訪して陣跡巡りをしたい城です。写真は田上山城から見た賤ヶ岳城です。
秀吉と柴田勝家の決戦の場であった賤ケ岳、2018年11/23に初登城。攻城団に入団して間もない頃の攻城です。琵琶湖周辺の城巡りの一つでしたが、リフトがあると思って行ったのに動いてなくて、リフト横の登山口から山頂まで1時間ほどかけて登りました。まだ山城にも慣れてなくて途中エネルギー切れで、しばらく休みながらやっとの思いで登ったことを思い出します。「戦のあと」と題のついた山頂の武将の銅像は、やっとたどり着いた私と重なります。激しい戦のあった戦場を自分の足で登ったことは感慨深いものがありました。山頂から見下ろした余呉湖の眺望は最高でした。あとで気が付いたのですが、賤ケ岳のリフトは11月下旬から翌年4月くらいまで、冬季は休業しているようです。今となってはいい思い出です。
豊臣兄弟ゆかりの城で私が一番思い出に残っているのは、秀長が山名氏を攻め落とし、「羽柴」の名で統治した始まりの城で、但馬統治の拠点とした有子山城です。
私が攻城団に入団してまだ間もない頃に初めて登城した時は、とにかく斜面が急で何度も息切れをしながらやっとの思いで登城したのを覚えています。個人的には正続100名城のなかでもかなりきついんじゃないかと思います。
しかし山頂には秀長の重臣・藤堂高虎が関わっているとされている野面積みの素晴らしい石垣が残っていて、登城の疲れが吹き飛ぶくらい感動しました。
写真は主郭から見た出石の街並みで、当時秀長がこの場所をどのように治めていくか考えていたんだろうなと思いました。
写真は石垣山城から見下ろす小田原城です。
秀吉・秀長の指揮のもと、名だたる武将が総構えを包囲し、相模湾に水軍を率いていたと思うと、北条に勝ち目はないか~としみじみ思いました。
秀長はこの景色を見ることが出来たのでしょうかね~。
和歌山を代表する大名城・和歌山城です😊
記念すべき自分が初参加の攻城団・城たびにて訪れた城であり、その時が初訪問でした!
ここから団長はじめ多くの素晴らしい団員の方々と関わらせて頂く、自分の「攻城団」の歴史が本格的に始まり、この和歌山城から攻城団のコラボチラシも現地で貰い始めて攻城団グッズの収集も開始した城でもありますし、団員の黒まめさんのガイドが素晴らしく「お城ってガイド付きで皆んなで回ると、一人の時よりもっと面白い!」というのにも気付かされた、本当に思い出深い城です😆✨
遺構に関しては秀長公時代の遺構は少ないと思われますが、それでも後に入封した浅野家や紀州徳川家が改修・拡張した壮大な高石垣・大きな水堀・曲輪の縄張りなど遺構が目白押しですし、戦後に復元された天守の中では広島城と並び往時と遜色無い完璧な外観復元天守も最高です!
写真は二の丸からの天守群です♪
私は竹田城が思い出が一番残ります。豊臣秀長が初めて城代となりましたし、登り坂のキツさに疲れが溜まったのと汗を大量にかいた事を思い出しました。あと頂上に登りきった時の城郭と城下を仰ぎ見た絶景。私は、まさに日本のマチュピチュだと思いました。
備中高松城は、天守が残っているわけでもなく、華やかな観光地でもないけれど、水攻めの歴史と、中国大返しのターニングポイントとなった地、として感慨深い城跡だった。中国大返しは、大量の軍勢を「食料不足・混乱・反乱を起こさせず」「政治的に“正義の側”として」「決定的なタイミングに間に合わせたこと」が奇跡と言われているが、秀吉の素早い行動力や判断力、家臣力が起こした奇跡と思う。それがドラマにあるように黒田官兵衛のアドバイスなのか?秀長のアドバイスなのか?誰の進言なのか?(豊臣兄弟ではどう描かれるのか?)史実が分からないだけに興味深い。他にも豊臣兄弟ゆかりの華々しい城もあるが、私にとってはこの備中高松城の存在が刺さっている。清水宗治、あっぱれじゃ。
秀吉公が大名になるきっかけの城、小谷城。某サイトに「弁当持参必須」とあったので、おにぎり持っていざ出陣!歴史資料館に駐車して、まずは金吾丸を目指して登山開始。各見所を散策し、大嶽城の頂上付近で、さぁ弁当!と思ったら同行の夫が「腹の調子が悪い。食べたら脱糞する。」「はぁ⁉️」ということで空腹のまま、福寿丸方面へ縦走。下山し、資料館の庭でようやく弁当にありつけました。その後、資料館を見学し、清水谷の奥まで散策。「ここからもう一度、大嶽城に行く?」と冗談を言い合いました。憧れのお市様ゆかりの城ですし、自分は山城を縦走する機会がなかなか無いので、楽しい旅でした。
現在は「熊注意」の看板があり、これから攻城する方は充分に気を付けてください。(当時も看板があったかもしれませんが…)
大和郡山城へ登城した折に、高取城へも登城してきた。はじめに得た情報を遥かに超える立派なお城で驚いた。大和郡山城が今では残された史跡が少ないことから、少々不満が残っていたのですっきりした。と同時にその石垣や枡形小口などとても立派であり驚きの連続だった。久しぶりに感動。
秀長といえば代表的な郡山城でしょうか。
奈良盆地は石が採掘できないため郡山城には多くの転用石が使用されているらしく、石垣にされてしまった「さかさ地蔵」はとても印象的でした。他にも勝竜寺城や福知山城などにも転用石は見られますが、人々が大事にしてきたであろう墓石やお地蔵さんがそのように扱われていたことにはどんな背景があったのかと思い記憶に残っています。
お城に興味を持ち始めた頃に訪れました。長浜城はもとより賤ヶ岳城、小谷城、、、
湖北地域は攻城団まるの原点かもなぁ…と思いました。
(添付画像は柴田勝家公。この武将がいたからこそ、秀吉・秀長兄弟が飛躍したと思う。だって私の推し武将No.1は勝家さんだもの…)
大人になって城巡りをして見識を深めて、初めて今ある大阪城は家康の築いた城だと知りました。そのことをオカンに教えたときのキョトンとした顔が忘れられません。たぶん歴史に興味のない大半の人は大阪城=太閤さんの城としていまでも信じて疑わないような気がします。そして、太閤さんは関西では愛されてる気がします。僕の五月人形は太閤さん仕様でした。
集計結果
みんなが選択したお城を集計したランキングです。
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郡山城
別名 大和郡山城、雁陣之城
平均評価:★★★★☆ 3.58(48位)
見学時間:1時間14分(42位)
攻城人数:2354人(77位)
行きたい:133人(80位)
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6人 | ||
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長浜城
別名 今浜城
平均評価:★★★☆☆ 3.12(76位)
見学時間:57分(67位)
攻城人数:3127人(42位)
行きたい:93人(177位)
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5人 | ||
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有子山城 制覇
別名 有子城、出石古城、高城、山名氏城
平均評価:★★★★☆ 3.86(--位)
見学時間:1時間47分(--位)
攻城人数:609人(257位)
行きたい:81人(217位)
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2人 | ||
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石垣山城
別名 石垣山一夜城、太閤一夜城、御座所の城、関白様御城
平均評価:★★★★☆ 3.61(--位)
見学時間:1時間4分(--位)
攻城人数:2414人(73位)
行きたい:123人(99位)
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2人 | ||
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田上山城 制覇
別名 田上山砦、田神山城、木之本城
平均評価:★★★★☆ 3.50(--位)
見学時間:1時間24分(--位)
攻城人数:106人(1178位)
行きたい:27人(632位)
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2人 | ||
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和歌山城
別名 虎伏城、竹垣城
平均評価:★★★★☆ 3.90(18位)
見学時間:1時間37分(14位)
攻城人数:3596人(28位)
行きたい:182人(33位)
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2人 | ||
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大阪城
別名 大坂城、徳川大坂城、錦城、金城
平均評価:★★★★☆ 3.96(14位)
見学時間:1時間52分(3位)
攻城人数:6504人(6位)
行きたい:1434人(17位)
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2人 | ||
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横山城 制覇
平均評価:★★★☆☆ 3.21(--位)
見学時間:1時間23分(--位)
攻城人数:360人(347位)
行きたい:89人(187位)
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1人 | ||
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頭陀寺城 制覇
別名 市場城、松下屋敷、松下嘉平次屋敷
平均評価:★★★☆☆ 2.70(--位)
見学時間:24分(--位)
攻城人数:161人(729位)
行きたい:12人(1220位)
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1人 | ||
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高取城
別名 芙蓉城、鷹取城、高取山城
平均評価:★★★★☆ 4.09(--位)
見学時間:2時間9分(--位)
攻城人数:2072人(94位)
行きたい:1310人(25位)
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1人 | ||
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竹田城
別名 虎臥城
平均評価:★★★★☆ 4.17(--位)
見学時間:1時間50分(--位)
攻城人数:2856人(53位)
行きたい:1741人(6位)
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1人 | ||
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小谷城
平均評価:★★★★☆ 3.69(--位)
見学時間:1時間45分(--位)
攻城人数:2733人(56位)
行きたい:182人(33位)
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1人 | ||
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備中高松城
平均評価:★★★☆☆ 3.16(--位)
見学時間:46分(--位)
攻城人数:2018人(96位)
行きたい:89人(187位)
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1人 | ||
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姫路城
別名 白鷺城
平均評価:★★★★☆ 4.45(1位)
見学時間:2時間6分(1位)
攻城人数:7613人(1位)
行きたい:2304人(1位)
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1人 | ||
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紀伊太田城 制覇
別名 太田城
平均評価:★★☆☆☆ 2.28(--位)
見学時間:23分(--位)
攻城人数:324人(380位)
行きたい:21人(781位)
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1人 | ||
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賤ヶ岳城 制覇
別名 賤ヶ岳砦
平均評価:★★★☆☆ 3.26(--位)
見学時間:1時間15分(--位)
攻城人数:425人(304位)
行きたい:51人(345位)
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1人 |























