読者投稿欄

「攻城団」では不定期にさまざまなお題で読者(団員)からの投稿を募集しています。少し時間のかかるお題もあるかと思いますが、みなさんの率直なご意見をお送りください。

今回のお題

現在、31人の団員が回答してくださっています(回答期限は 2020年02月29日 23:59 です)

攻城団編集部さんの質問

戦国時代の梟雄といえば誰を思い浮かべますか?

その理由やご存知のエピソードがあれば教えてください

みんなの回答一覧

31人の団員から回答が寄せられました。ありがとうございます!

潤之介さん

一人だけ挙げると斎藤道三ですね。
最初は北条早雲かなと思っていました。早雲自ら自分は平家一門の直系で叔父は将軍のお守役、父は幕府政所の奉行職を務めていた。今は伊勢にいるがこのままくすぶったままうずもれてしまうのは悔しいと考えていた。妹が今川義忠公に嫁いでいたのを足掛かりに東国に進出。今川家より与えられた興国城を拠点に伊豆や関東に攻めていく。そのやり方は、恩を仇で返す、裏切りの数々、謀略を繰り返しついに伊豆韮山城や小田原城を奪っていったことで梟雄NO.1! なのですが攻めいった処の領民に人気があったので撤回。年貢の比率を変えて暮らしを楽にさせたり、流行病のひろまっている地域に医者を派遣して病人を助けたり。現代でいうと民衆の支持率が高かったのが早雲ですね。88歳(推定)韮山城で亡くなったけど早雲の遺志を息子氏綱や孫が継いで行くなど親子関係も良かった。
 それに対して斎藤道三は油売りから身を立て、芸や蓮歌などで人気が出ると武家に切り替え。美濃国領主の弟の土岐頼芸をそそのかし謀反を起こさせその後追放してしまう。そして道三はついに美濃国の太守になるがその後長男義龍に殺されてしまう。
出世ばかりで領民を顧みない点も含め梟雄NO.1は斎藤道三を推します。


まるさん

顕如です。
梟雄の捉え方によりますが、権力者に反抗する人物を梟雄とした場合、その時代は顕如が頭抜けていると思うから。

斎藤道三、かなぁ


げんぞうさん

①その残された事積と最期を見れば戦国最大の梟雄は織田「大六天魔王」信長以外いません‼️②この武将は絶対外せないでしょう最期は息子に討たれた斎藤「蝮」道三❗③将軍を討ち主家をみかぎり、最期まで時の権力者に抵抗し名物茶器と共に爆死(?)というある意味武士の本懐を遂げた松永「悪党」久秀❗この三人で決まりでしょう。他にいますか⁉️ 


たかみくらさん

松永久秀。例の武者絵(月岡芳年 画)とともに「梟雄」と紹介されていたので、暫くの間この人こそそうなんだだと刷り込まれていた。名物茶器を割っちゃう場面なので、ホント悪いやっちゃのうという感じ。でも、花押(阿弥陀寺所蔵の大仏殿再興についての書状)を見たりすると、「ホントのとこはどうなの?」と信貴山城や多聞城に行きたい気持ちになる。


こうのさん

一般的には「戦国三大梟雄」というと、斎藤道三・宇喜多直家・松永久秀の3人が挙げられると思いますが、このうち松永久秀は近年の研究でその逸話のほとんどが冤罪であるとわかってきたり、斎藤道三も大河ドラマで採用されたとおり親子二代での下剋上と定説が更新されたりと、意外とイメージ先行で語られている傾向が強いですね。
宇喜多直家についても暗殺などの謀略は祖父の復讐や主君・浦上宗景の勢力拡大を目的としており、最終的に主君を裏切ってはいますが、この時代の行動としてはさほど珍しくはありません。

この3人は小瀬甫庵の『太閤記』で悪人と書かれていることからイメージが定着していったと考えられますが、梟雄のイメージが「カジュアルに暗殺する人」みたいな感じになってるのかも。

三木の干殺し、鳥取の飢え殺しを実行した羽柴秀吉(やそれを考案した黒田官兵衛)、小手森城の撫で斬りを実行した伊達政宗も現代人の感覚からすればなかなかの悪行をやってるし、明智光秀も八上城攻めでは過酷な兵糧攻めをおこなっています(しかも秀吉より先に)。

とまあ候補者は多数いますけど、戦国次第の梟雄といえばやっぱり織田信長でしょうかね。
暗殺を多用した印象はありませんが、この時代の病死の何割かは毒殺でしょうし、ぼくは何人か殺ってる(盛ってる)とにらんでいます。


流浪の相模守さん

やはり三梟雄の斎藤道三、松永久秀、宇喜多直家が真っ先に思い浮かびますが、その中でも松永久秀が一番インパクトが強く感じます。
某シミュレーションゲームでの裏切り率100%の設定のせいな所もありますが、今年の大河ドラマでの描かれ方にも注目したいところですね。

多聞山城にも、早く登城したいなぁ✨


水野勝成さん

宇喜多直家ですね。直家は関ケ原の戦いで西軍として参加し、1万5千人もの大軍を率いて活躍した宇喜多秀家のお父さんです。直家は敵と戦う際に、戦で戦うのではなく相手の大将や家臣、重臣を暗殺して領土を広げたという話を聞いたことがあるので、宇喜多直家を選びました。斎藤道三にしようかと迷ったのですが斎藤道三は油売りから美濃の大大名になった人ですよね。当時の状況を考察すれば国を乗っ取るなんて言う、いわゆる下克上というのは室町時代から戦国時代への移り変わりなんでよくあることかなと思います。ただ相手を暗殺して勝ち進んでいき領土を広める大名はあまり聞いたことが無かったので宇喜多直家を選びました。


お城とお酒さん

①松永久秀
三好家乗っ取り、将軍足利義輝殺害、信長に謀反し爆死。花村萬月さんの『弾正星』でイメージが変わりました。

②斎藤道三
(昔は一代で)油売りから身を立て土岐家から美濃を乗っ取った蝮。司馬遼太郎さんの『国盗り物語』のイメージです。

③宇喜多直家
暗殺、毒殺、謀殺を繰り返し、主家浦上氏を追い出し備前国を支配した。木下昌輝さんの『宇喜多の捨て嫁』が良かったです。


上野介さん

宇喜多直家


きゃみさんさん

地元岡山は日本三大梟雄の北条早雲(あと斎藤道三・松永久秀)と
戦国三代梟雄の宇喜多直家(こちらも残りの二人は斎藤道三と松永久秀)の故郷なんですが早雲は出自がはっきりした事で昔ほど梟雄感はないので「謀聖」宇喜多直家を推します。

祖父を謀殺され父と流浪していた直家ですが浦上家に再士官した後は謀略・暗殺につぐ暗殺で敵対勢力のみならず同僚、姻戚をも滅ぼし、最後は主君浦上氏を追いやり備前一国(+備中美作の一部)を支配するに至ります。
謀殺に毒殺、日本初の鉄砲による要人暗殺などあらゆる謀略を使ってのし上がった直家は中国三大謀将(尼子経久・毛利元就)にも数えられています。

大河ドラマ・軍師官兵衛で稀代のくせ者役俳優「陣内孝則」さんが演じていたのもポイント高いです。


なまさん

私が真っ先に思いついたのが、斎藤道三、北条早雲、松永久秀でした。この中で、松永久秀は、信長に対する二度に渡る裏切り、将軍の暗殺、主君の子供たちの暗殺など、伝えられている内容だけなら、一番の梟雄かな、と思います…。ただ、実際には、根拠となる資料はあまりないらしく、実際にはどうなんだか、ということらしいですが。三大梟雄の一人、宇喜多直家公も権謀術数の限りを尽くして、気に入らない武将と姻戚関係を結んで油断させ、様々な謀略を尽くして、毒殺したり、追い込んだりしたとのことで、弟の忠家なんかは、直家に会うときには、鎖帷子を着て会っていた、という話もある方だそうです。ただ、松永久秀は、主君の三好長慶存命中に、裏切りなどの行為はなく、忠実に尽くしていたようですし、宇喜多直家も家臣は大切にしていて、自分の生活を質素にしてまて、家臣の俸録を捻出したって話もあるみたいで、梟雄と呼ばれた人たちも愛される一面があるからこそ、世に名を残しているんだな、と思ったりします。


菊姫さん

この設問って、知見によって意見にバラツキでると思いますが
私的には

1.織田信長 親族、伊勢志摩の北畠氏一族に対する騙し討ち、呼び出して皆殺し
      (明智光秀も加担させられた)、丹波八木城の騙し討ち
      伊勢、加賀、越前の一向宗、延暦寺等の皆殺し。
      最悪なのは岩村城城主のおやつの方(信長の年下の叔母)への
      長谷川での逆さ吊りによる処刑
      「敵でさえ約束を守って誰一人殺さなかったのに、親族に約束を破られ、
      夫、家臣を殺され自分はもっとも残酷な仕打ちを受けるとは」
      美人は美しく死なせてあげれば良いものなのに
2.豊臣秀吉 三木城の干し殺し、鳥取城の渇(かつ)え殺し
(3.黒田官兵衛)軍師ですから彼の提案でもあると。

恨みの強さ ✖ 人数 = 梟雄度  で算出

      


まさしげさん

斎藤道三か織田信長・・・
やはり織田信長でしょうか。


一両不足さん

ベタですが、、、
斎藤道三 松永久秀 宇喜多直家
ですね(^_^;)


Sさん

よく聞く言葉ですがどんな意味かよくわからないなあと思い、PC開いて検索。
意味は「残忍で強く荒々しいこと」だそうです。なるほど。
ある意味、戦国時代の武将は皆梟雄のような気がしますが、私が思う梟雄はやはり信長なのかなと思います。
姉川の戦いの後の浅井親子の髑髏杯に比叡山焼き討ちなど。家臣に対してもかなり激烈ですし。
ただ、現代の感覚ではかなりやばいですが、当時の戦国武将としてはいたって普通の感覚だったのかもしれません。


のむらやさん

松永久秀が思い浮かびます! 権力になびいてるのかなびいてないのかよくわからないんですが…


伊勢守さん

ベターですが、本木雅弘さんが熱演している斎藤道三ですかね。

普通なら松永久秀ですが、個人的一押しは信長を裏で葬った主犯とされる近衛前久です。


古生物提督さん

事実はともかく、有名所の茶釜で自爆の人が思い浮かびます。


しのはさん

毛利元就です。
永井路子の小説の影響でダークイメージは少ないと思いますが、井上氏の誅伐や実子を有力国人の養子として乗っ取るなどなかなか謀略の逸話が多い印象です。
大内氏、尼子氏とも行ったり来たりして最後にはどちらも滅ぼしてますしね。とはいえ、詳しく調べると毛利元就の置かれている状況がそうさせたのであって元就の指向でそうしたということでもなさそうという話もあります。


遠里小野さん

松永久秀公です。

虚構も多いのでしょうが戦国時代の大仕事一通り(主家乗っ取り・将軍暗殺等)に関わっている点が大きいですね。

茶や築城技術に造詣が深かったとの逸話も心惹かれますし、死に様も単なる悪役を突き抜けたものがあると思います。


傾奇御免さん

梟雄で思いつくのは、松永久秀(信長をある意味、手玉に取り最後は平蜘蛛の釜と共に果てる)と斎藤道三(一介の油売りから美濃を乗っ取った)です。
後は北条早雲や宇喜多直家も有名ですね。


十二神将さん

松永久秀かな?


下総入道さん

備前の梟雄、宇喜多直家を思い浮かべます。
婚姻関係を結んで安心している相手への奇襲、日本初となる鉄砲の狙撃による暗殺、男色趣味の敵将に美少年を派遣して色仕掛け等々、バラエティに富んだ権謀術数でのし上がって行く様が爽快にすら感じます。
それでいて初陣早々武功を挙げたり、数的劣勢の中で三村の大軍を野戦で破ったりと、謀略一辺倒ではないところも素敵です。


ともさん

斎藤道三ですかね。土岐氏を駆逐して美濃一国を奪ったということで。


あきらさん

宇喜多直家
松永久秀
斎藤道三


赤い☆稲妻さん

梟雄の言葉のイメージから真っ先に浮かんだのがこの二人
斎藤道三
北条早雲
で、梟雄ってどういう意味?
調べてみました。
「残忍で強い人」だそうです。
なんだ、ぴったりじゃないですか。
と、変に感心しました。

斎藤道三
美濃の蝮と呼ばれたことや、下剋上といえばこの人の感じがします。


sige sigeさん

直ぐに思い浮かんだのは織田信長ですねぇ。昔の戦で女、子供など片っ端から殺すのは世の常だったにせよ、討ち取った敵の武将のドクロで酒を酌み交わすなど、武田勝頼公の生首に罵声を浴びせ、蹴鞠の如く足蹴りするなど、同じ人間とは思えません。


黄金玉子さん

「梟」は強くあらあらしいの意で、主に『残忍で勇猛であること』『悪者などの首領、かしらをいう』らしいですね。

あくまで、物語などからのイメージになるので露出度の高さからこんな感じです

1. 三悪をした 松永久秀
2. 美濃の蝮  斎藤道三
3. 無慈悲なことを平気でするイメージの 織田信長

多かれ少なかれ、戦国時代を生き抜いた、或いは名前を知られたリーダーは
「梟雄」だと思います


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