読者投稿欄

「攻城団」では不定期にさまざまなお題で読者(団員)からの投稿を募集しています。少し時間のかかるお題もあるかと思いますが、みなさんの率直なご意見をお送りください。

今回のお題

現在、10人の団員が回答してくださっています(回答期限は 2022年08月31日 23:59 です)

伝もものふ山田(ヤマー)さんの質問

あなたにとって印象深い戦国時代の合戦とその理由を教えてください

その合戦についてどこで知ったか、また現地を訪問した方はそのときに感じたことなどを聞かせてください

みんなの回答一覧

10人の団員から回答が寄せられました。ありがとうございます!

Sさん

関ヶ原の戦いです。
小学生の時に授業で習っているはずですけど、実際に興味を持ったのは中学生の時でしたね。
丁度、「信長の野望」が流行っている時でたくさんの戦国武将や時代背景を知る中で、最終局面というべきいわゆる「天下分け目」の戦となったのが関ヶ原の戦いで、当時のオールスターのような布陣に興味を持ちました。
当時はインターネットなんてありませんでしたから、百科事典で戦いの時系列など追ったりしました。
大人になって、現地を訪問しましたが、やはり当時の息吹が聞こえてくるようで感動しましたね。


★よし★さん

長篠の合戦です。地元なので、長篠城はもちろん、古戦場も訪問しました。私が学生の頃には、織田信長がはじめて鉄砲を戦場で使用した合戦と習いましたが、近年の研究成果によると、武田軍も鉄砲は使用したものの、織田軍に比べると、銃弾や火薬の量が少なかったそうです。馬防柵が織田軍の勝利に寄与しただろうとの発表もあります。広範囲で復元された馬防柵が、古戦場で確認できるので、ぜひ現地に足を運んで下さい。
この合戦が織田信長の天下統一に向け大きな転換期になったのは間違いないと思うので、なので、長篠の合戦に一票を投じます。


しし丸さん

小牧・長久手の戦いです.
秀吉対家康の,武将としてはほぼ全盛期同士の頂上決戦で,戦域や期間の規模が大きく,家康は強さを存分に発揮したものの,秀吉は結局天下取りへのステップにしており,勝敗が曖昧なところも頂上戦らしいところです.


傾奇御免さん

東国中心の合戦に偏ってしまいますが、個人的には
・第四次川中島合戦(武田vs上杉)
・姉川合戦(織田・徳川vs浅井・朝倉)
・慶長出羽合戦(上杉(直江)vs最上)
・手取川合戦(上杉vs織田)
・三増峠合戦(武田vs北条)
が多くの文献やゲーム(信長の野望)から得た情報で陣立、傭兵の巧みさ、戦術面で特筆している合戦として印象に残っています。
その中で一つ挙げるとすれば、逸話や解明されていない点が多いものの"これぞ上杉!”と感じた手取川合戦を推薦します。
※現地を見て・・で言えば第四次川中島合戦でしょうか・・


とらのすけさん

川中島の戦い…年齢が分かってしまいますが、初めて見た大河ドラマが「天と地と」。上杉謙信公がかっこ良かったのか?謙信役の石坂浩二さんがかっこ良かったのか?ちびっ子のくせに謙信公に「ぞっこん!」話は良く覚えていませんが、初めて覚えた戦いが川中島の戦い!八幡原には謙信vs信玄一騎打ちの銅像がありますが(これもかっこ良い)、一騎打ちは史実ではないようですね。お2人とも、川中島に5回も向かわないで、違う方面へ向かっていれば…あるいは、お2人が同盟を結んでいれば…多少は歴史が変わっていたかも?!


syama1957さん

天正14年(1586年)の岩屋城の戦いが印象深いです。薩摩島津氏が大友氏の家臣高橋紹運の守る岩屋城を攻めた合戦。味方が少なくなっても主人大友氏に忠誠を尽くしたこともありますが、立花山城の実子、立花宗茂を守る親心があったのではないでしょうか。2万(5万とも)対763名では勝ち目はありませんでしたが島津側は想像以上の兵を失ったため、鎮西制覇ができなかったとも言われています。


しのはさん

ベタですが関ヶ原の戦いです。
知ったのはいつだかわからない程、子供の頃からテレビドラマ等で見てきた合戦。
歴史に興味を持つようになってから、思っていたストーリーとは異なるということを知りました。
いろんな専門家がいろんな説を提示していて興味が尽きません。
また、同じ場所で壬申の乱が起きていることも興味深い点です。
そういった知識を得てから何度か現地を訪れましたがやはり現地に行くと気分が高まります。
特に松尾山から関ヶ原を見渡したときには感無量でした。


しぇるふぁさん

印象深いと思った戦は、戦国三英傑が唯一共闘し、信長にとっては人生最大の負け戦となった金ヶ崎の退き口(金ヶ崎の戦い)ですね。
当時の人は足利義昭を上洛させて勢いがあった織田信長が負けるなんて考えもよらなかったと思います。また、もしも浅井長政が裏切らなかったら間違いなく歴史は変わっていたと思います。浅井三姉妹の運命も、また違った道になったのではないかと思います。
さらには、この戦は数々の大河ドラマにも名場面として取り上げられていて、直近では長谷川博己主演で明智光秀を主人公とした「麒麟がくる」にも登場しました。染谷将太演じる織田信長に対して、長谷川博己演じる明智光秀が土下座で進軍を引き止める姿は圧倒されましたね。他には山内一豊が主人公の「功名が辻」では、舘ひろしがダンディに演じる織田信長が激しく取り乱したり、それを見て殿軍を引き受けると進言した柄本明演じる羽柴秀吉のやり取りが印象深かったですね。


ゴロウさん

城めぐりを主な目的としながらも、関わる合戦跡地を訪れる事は有る。徳川と武田の直接対決は、何度か有るが、さすが信玄公と思うのが三方ケ原の戦いか。石碑の有る墓地の辺りから、根洗坂と言われる坂道を下り都田川に向かって、すとーんと落ち込む地形が確認できる。徳川としては地の利を生かして、この坂道を下り始めたらせめてもの一撃を目論んで攻撃を企んだが、武田はそれを予測していて、実は正面を浜松側にしながら後退しつつ坂道下で兵を展開して待ち伏せる。この駆け引きが、地形と連動してダイナミックに想像できる古戦場、それが三方ケ原古戦場です。


伊勢守さん

大河内城の戦いを挙げたいと思います。
一説によると、織田軍7〜10万vs北畠軍7〜8千とも言われているそうです。

挙げた理由
・開戦までに伊勢国の神戸家に三男信孝、長野家に弟信包、戦後は北畠家に次男信雄といった、信長にかなり近しい人物を養子・当主にさせており、伊勢を織田色に染めるためにいかに重視していたかが伺える。

・前哨戦の阿坂城の戦いで、秀吉が生涯唯一の戦傷を負う。

・この戦いで織田軍はかなり苦戦し、実は北畠軍が優勢で、やむなく和議を結んだとの説が有力視されている。

・一連の伊勢攻略戦により、大活躍したうちの1人が九鬼嘉隆。信長はこの戦いで水軍を重要視するようになり、後に木津川口で毛利水軍を破ることとなる。

・この戦いは織田軍にとって総力戦で臨んでおり、信長はじめ、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、木下秀吉、森可成、池田恒興、佐々成政、佐久間信盛、稲葉良通、蒲生氏郷(初陣)等々…織田軍オールスターが勢揃いしていたことが凄い。

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最悪の将軍 (集英社文庫)

江戸幕府の第五代将軍「徳川綱吉」を題材にした小説です。
将軍になった経緯、綱吉の治世に対する考え方などが描かれます。綱吉の時代には、勅額火事、富士山噴火、赤穂事件などの災害・事件が多く発生しました。天変地異は将軍の行いが悪いからと信じられていた事もあり、綱吉は最悪の時代の将軍として苦悩を重ねていきます。
読後には、犬公方だけでない綱吉を知り印象が少し変わりました。

伝もものふ山田(ヤマー)さん)

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