みんなの回答一覧
小学生3年生ぐらいでしたか…
たまたま学校の図書室で日本の歴史(マンガ)で、源義経を読んでからハマり、次第に戦国時代へ特化して好きになりました♪でも1番好きな武将は?と聞かれると迷わず源義経と答えます(笑)
少し脱線しましたが、城好きになったきっかけは、今は亡きお婆ちゃんに連れていってもらった初めての名古屋城。あの時の感動は今も忘れられません♪
当時の自分には名古屋城は圧倒的で何とも言えませんでした♪天守閣から濃尾平野を見渡して凄ーいと感動しきりでした!
戦国無双の片倉小十郎様が好きで彼の事を調べているうちに政宗公の事も好きになり、昔、小田原城に行った事がありお城って魅力的だなぁーと思いつつならば仙台に行ってしまえばいいと思い思い切って行ったら虜に……今では次は何県の何処、なんて毎月考えるようになってしまいました……
締切後に回答されましたきっかけは某乙ゲーですね。その乙ゲーをプレイしたあと、松江城に行ったらお城の凄さに圧倒され、お城の沼へ。その後、お城だけでは飽き足らず、古墳や近くの遺跡巡りに…。ともかくお城を好きになれて良かったです!
締切後に回答されましたまだ、二男が幼稚園の年長さんの時です。毎日、図鑑を見ながら「姫路城に連れて行け!」と言っていました。そのうちに泣きながら訴えるので、連れていくことにしました。せっかくだから図鑑の次のページにあった彦根城にも行くことにしました。彦根城に行って…美しさや機能性に感動!それ以来、お城の虜です。なお、二男の城への興味はすぐに無くなりました。
締切後に回答されました小3の時、日本の歴史(中世編)に、小田城・関城・大宝城のことが書かれていて、行きたいと思い、親につれていってもらったことです。初めての城巡りで、とてもワクワクしたのを覚えています。このワクワクを越えるワクワクは、ないですね。
締切後に回答されました子供の頃、兄の影響でチャンバラごっこが大好きだった。チャンバラ=武士=城ということで知らぬ間に無条件で城の事は漠然と好きだったと思う。
今はそこに城が有る(有った)という事は、遠い昔に必ずここには人がいて、ここに人が立って、そして色んな出来事が行われた…なんて思うとワクワクしてくる。
そして時間を見つけては城めぐりをするようになった。
戦国無双というゲームをして武将に興味が湧き次いで城へも興味が湧きました。
現存している柱 石 それらを触りその時代の人と繋がった気分になるのが至福の一時です。
昔の建築技術には感銘
実はマイナーな理由なのです。小さい設備業を営んでいました。建設業の一部門です。時代の変化は激しく、今現在建設中の施設は50年後には数パーセントも後世の人々には、残すことが出来ない、もしくは存在していたことすら失われていくことでしょう。
それでも物作りは自分に於いては意義ある事として関っていました。
ある日深夜のTVで熊本県の山間地域に(当時はシラス台地という土地柄寒村と思える)台地を跨ぐ橋が架けられたことを伝えた番組でした。
台地間に架けられた壮大な石の橋、目的は水不足に苦しんでいた隣の台地に水を送る為でした。橋の名称は「通潤橋」 今でも立派に役目を果しているそうです。維持管理には、かなりの労力や運営資金を必要とされているそうですが。
この巨大で美しい石橋の技術根拠が遡れば石垣造りの技術の存在だそうです。
そうだ「通潤橋」を見に行こう、と思いました。そしてこの肥後の国には数多くの石の橋の存在する地域だそうだ。まして肥後の国は築城名人加藤清正公が初代藩主を務められた国。 天下名だたる築城名人が残した技術集団は江戸時代初期の全国的な築城ラッシュが平和な安定期を迎えた。火山灰土の土地は川が深く抉られ容易には物流・交流ができていなかった。 仕事の大半を失った石工は西洋や中国の技術情報を基に谷が深い九州地域に架けることのできるアーチ橋造りを始めたそうです。
十五年前に仕事の合間に石の橋と石垣を巡るのが私の趣味でした。近年は体調が悪くなり自宅に「籠城」することばかりで5年前より中断していた石巡りは諦め、拙い写真の整理でもと思い立ちました。今年の2月まで無縁でありましたSNSを勧めてくれた知人からLINEを始めました。知らない用語と入力操作はなかなか手強く馴染めないことのの連続ですが、FaceBookに数度投稿しています。撮りっ放しでどの城のデータか不明のものがありました。少しずつ確認・解明作業を進めていきたいと思っています。勝手ながら時にはこちらのルームに立ち寄りをお許しください。
嫁は毎週2日程度、テニスに勤しんでいるのですが、その嫁と高尾山に登りに行ったのがきっかけです。高尾山は城跡ではないですが、体力差でほぼ置き去り。悔しくて、体力つけるため、山登りを計画。とわいえ、別に高尾山登頂で山登りに目覚めた訳でもなく、同じところはすぐに飽きそうだったので、八王子城という城跡を第一段として目指しました。八王子城は登山の練習の山でもあるようでしたし、城があちらこちらにあるのも知っていたので、一回目としてはいいかな程度でした。本丸まで登りましたが曲輪って何?状態でしたから、それより、御殿跡の石垣にびっくり。家に帰って来て歴史を紐解いて、さらにびっくり。以降、城が私を呼んでいる状態になってしまいました。
締切後に回答されました最初のきっかけは、時代劇を見ていた影響ですかね。
特に好きだった暴れん坊将軍には、江戸の町人の生活が生き生きと描かれており、そこから江戸時代に興味を持つようになりました。
興味は江戸幕府を創設した家康、家康の先駆者として活躍した三英傑の信長や秀吉へと広がり、竹中直人主演の大河ドラマ、秀吉で豪華絢爛な大坂城を目の当たりにしたことで城郭に行き着きました。
その後、仕事や他の趣味で長年脱線しておりましたが、日本百名城とスタンプラリーの存在を知ったことで城への興味が再燃し、三年前から城巡りがライフワークになり、現在に至ります。
書き物のネタ作りに何となくお城へ。歴史は好きだけど、特にお城だけが好きなわけではなく…。うわ、お城ヤバいなって思ったのは松江城に行ってからですね。それから100名城っていうのがあると知ってあちこち周り始めました。復元した櫓や現存天守を見て歩くわけなんですが、ネタ作りのためで、嫌いじゃないけど、好きかどうかはまだ。鉢形城で資料館を見て、初めて縄張り図をもらって城内を歩いた時にぞくぞくしました。戦うお城ってこういう場所にこんな風に作るんだって、初めて築城の意図を感じました。その時からお城が好きになったんだと思います。それまでは、お城っていう展示品を見てるような感じでした。見た目とか美しさとかをただ見ていただけでした。
それから、山城が好きになったのは…って終わらないですね、これは(笑)
祖父母の影響。小学生の頃に岐阜の祖父母と岐阜城、犬山城、姫路城など連れて行ってもらったこと。大河ドラマも好きになり日本史好きからお城好きになりました。小学生の夏休みの自由研究も地元のお城の調査だったぐらいです。
締切後に回答されました歴史秘話ヒストリアの影響ですね。
特に千田嘉博先生の解説とか見てたらお城が好きになり、色々と巡るようになりました。
お城について調べていたら、この攻城団のサイトを見つけて登録したという感じですね。
母方の先祖が井伊家の家臣(中村250石)で、1980年位まで馬場町に武家屋敷がありました。
1969年から1972年(小4〜中3)にかけてそこで暮らす事になり、毎日彦根城を仰ぎ見て暮らしていました。
城のある風景を見ると、落ち着きます。
2005年頃、観光で行った篠山城の土産物店で「城のしおり(全国城郭管理者協議会)」を手にした時がスタートです。2018年6月に兵庫県立考古博物館の特別展《山城探訪》で展示図録を購入し石垣のみの山城にも行くようになり、11月旅先のホテルでググってる時に攻城団に出会いさらに攻めるべき城がたくさんあることを知りました。記録をアップする場があり誰かからのあっぱれが嬉しくて城好きに拍車がかかったかも(*^^*)
締切後に回答されました締め切り後に編集させてもらいます。
1つめの理由として、歴史のある場所にいくと落ち着くからです。
小机城に行ったときは不思議な気持ちに包まれました。
2つめは、母の兄がお城好きで一緒にお城にいくのが好きだからです。
3つめは小さい頃からお城にいっていたからです。
まだ赤ちゃんだった頃は金沢城や五稜郭に行き、
幼稚園生のときは名古屋城や犬山城にいく……
と、お城と生活が深く関わっていたからです。
長い文章になってすみません。
最初の読者投稿欄ということでしっかりと書き直しました。
あっぱれしていただいた方スミマセン。
良ければもう一度お願いします。
はるー
締切後に編集されました家が鎌倉に近く、小学生の頃から自転車でよく行っていたこともあって、古い建築に興味を持つようになった。
中学生になると、図書室に全国の城が載っている本があって、その頃から城好きになった。
お城プロジェクトというゲームから。
城にも日本の歴史にもあまり興味がなかったのですが、ゲームに出てくる城の成り立ちや城主について調べようと思って最初はネットで調べ、気づいたら本屋で100名城ガイドブックを手に取ってました。
そしてゲームよりも実際の城めぐりの方が面白い事に気付き、今に至ります…。
城好きになったきっかけ自体は、まず最初におっきいもの、でっかいものが好きだった、というのがスタートだった気がします。山とかビルとか橋とかダムとか軍艦とか。色々と手を出してる中の一つでしたね。
ただ、そこから城巡りにハマった理由というのがちょっと思い出せないんですよね…。
元々歴史や地理に興味があって一人旅とかも割と好きだったことと、スタンプラリーや攻城団で自分の行った場所や思い出を記録出来るようになったこと、この辺りが大分効いているのだと考えています。
祖父の影響ですね。
先祖が戦国時代に徳島南部に流れてきてずっと武士として家系が繋がっていました。
戦前までは多くの資料、甲冑、刀などあったみたいですがほとんどが焼失してしまい、残ったものは全て市に保存、提供しました。
ホラ吹きの祖父がよく小さい頃から話していて自然と歴史、城に興味を持ち始めたのがきっかけです。
これは本当かどうかは分からないのですが小谷城城主の浅井氏の血が流れていると祖父は言いますが信じてないです(笑)
締切後に回答されました小学生のころから両親と一緒に大河ドラマを見ていたので、歴史は好きでした。
それが城好きにまで守備範囲が広がったのは、学生時代に鶴ヶ城(会津若松城)の売店で全国城郭管理者協議会が発行している「城のしおり」を購入したことでした。「城のしおり」は協議会に加入している城郭を写真付きで解説しているガイドブックなのですが、その「天守の写真」に魅入られてしまったのです。しかも巻末には、お城めぐりスタンプ帖が付いており、「これは俺に全国のお城を巡れ!ということだな」と天からの啓示を受け(笑)その後、正続100名城スタンプラリー
が始まり、攻城団に出会い、現在に至っています。
城好きになったきっかけは「攻城団」です。
私は10代の頃から旅と写真撮影が趣味でした。
留学先アメリカは車社会で、日本でも数年ドライバーをしていた事から長距離ドライブへ当てもなくでかけ、無計画に観光や現地での出会いを楽しんでいました。近年は私の仕事柄から巨大建築物や土木建造物に興味があり、技術的根拠を伴った美しい建造物を見るのが好きでした。ダムやお城、橋梁、高速道路等・・。
まずはダム巡りから始めました。ダムを巡っているなかで、山城に出会いました(ダムは大抵山深い所に多い為)。それまで城=天守(建築物)という頭でしたが、私の縄張り岐阜の岩村ダムと共に訪れた岩村城で変化がありました。初めて城跡(中世城郭)というカテゴリーを認識した訳です。この時はまだ認識しただけに過ぎず、写真撮影の対象物、風景写真の延長でした。
ある日ネットでフォトジェニックな場所を探していると、たまたま攻城団というサイトを見つけ入団してみました。入団の動機は不純ですが旅先探しでした。入団はしてみたが、まだ城好きではないのでしばらくは近場に結構あるんだなぁ位に思い、みんなの投稿された写真やコメントを見て「今度行ってみようか」と考える程度。ポツポツと城跡を巡り始めた訳です。入団後最初の3か月で訪れた城は5城だったと思います。そんな私を城好きにさせたのが攻城団なのです。初心者に優しい城や遺構の説明、みんなの投稿写真、コメント、読み物等。曲輪の読み方や意味すら知らない私が一歩ずつ、攻城団の説明や読み物、みんなの投稿で得た知識を持って実際に城を訪れ、案内板読み理解を深めていったのです。
今回入団後丸1周年を迎え、300以上の城址を巡りました。未だ日々勉強、得られる知識も楽しみ・驚きも膨らむ一方です。入団後、私のような気持ちの団員は少なくないと思います。分かり易く優しい攻城団だからこそ、私も先輩方に倣い私のような新規団員をサポートできれば幸いです。
最期にもう一度、私が城好きになったきっかけは「攻城団」です。
子供の頃に家族旅行で行った出石城が、
城好きになったきっかけだった、かと。
30年位前の事なので、よく覚えていませんが、
圧倒的な石垣とか櫓の構造物や、迷路みたいな構造が好きになった原因です。
今では、城という存在自体が好きです。
逆に、城の歴史や武将には、あまり関心は無かったです。
でも、色々廻って初心者位の知識は身に付きました。
大工だった父親の影響。城の構造を見て歩く父に影響されました。使っている材木などつい気になってしまいます。天守のある城ばかり行っていたのですが、百名城のスタンプ集めで天守の無い甲府城に行った時にボランティアガイドの芹沢さんに石垣の魅力を教わり、それ以来天守や建物の無い城郭の楽しみ方を覚えました。その後近くに行くべき百名城がなくなると、攻城団の登録されている城を巡るようになり、いつの間にか山城にはまってしまいました。今では独りでも山城に行くようになってしまい地形の凸凹を見ると堀や土塁に見えてしまうほど中毒になってしまいました。
大阪等に月1位で行っている中で、せっかくならどこか近場の観光場所に行ってみようと思い、城などに行ったのが数年前。その後、そのとき行った城が100名城だったことを知り、他にも行ってみようかと思ったことと、ちょっと鉄道に乗ってついでに近くの城に行ってみようと思ったことが重なって、あちこちの城に行くようになり、今に至る感じです。
小さい頃から地元の松山城に登って街を眺めたり、永木橋(R11)から見る松山城が大好きでした。
大学・就職で地元を離れていた頃も、帰省すると必ずお城に登り、帰って来た事を実感していました。
私にとって松山城は、特別な場所であって、10年前まではお城好きでは無く、松山城好きでした。
地元にUターン就職してからも、3~4ヶ月に1度は登っていましたが、10年ぐらい前の出張で時間が余り、**城を見学した時に、松山城との違いを知り驚きました。
・丘や山の上にない?
・天守を含む建物に現存の建物がない?
・石垣が少ない、低い?
・街の真ん中にない?
・人がいない、観光地になっていない?
驚きと共に松山城の素晴らしさにも気が付き、各地のお城を調べる様になり、始まったばかりの百名城を知りました。
そこからは、本を買いまくり、休みは時間を作りお城巡りへの生活になりました。
2、3年前からは落ち着いてお城巡り出来る様になり、今では立派なお城好きになりました。
元々は城好きということではなく、単に歴史好きで史跡を巡っていてお寺もあれば、お城もあるというレベルでした。そんな中、史跡巡りで調べもの(と言っても個人的な趣味)をしている時に「攻城団」のページに出会いました。 皆さんが投稿された写真を見て、行ってみたいお城が増えていきましたが、お城ってどのくらいあるのだろうと検索して見ると「え〜〜〜❗️自宅の近くにこんなにあるじゃん‼️」ということになり、そこから史跡巡りのプライオリティがお城第一に変わっていきました。
ということで、城好きになったきっかけの半分は攻城団ということになりますかね⁉︎
歴史に興味を持ったのはコーエーの信長の野望だったかもですが、それがもとで歴史小説に嵌り、天守閣のあるお城などは時々行く程度だったのですが、、実際に本格的に城廻を始めたのは攻城団入ったことがきっかけになっていると思います。
日本地図上に攻城したお城が表示されるので、ゲーム感覚もあり、始めたように思います。
特に関東の土のお城は、テツさんの攻城コメントなどで嵌りましたね。
その後は、皆さんの短評を読んだり写真を見たりで楽しく参加させていただいています。
大月源です。私のきっかけはズバリ、転勤です。定期移動で転勤した勤務地の敷地内に《武者走り跡》《たいこ丸跡》という、見慣れない文字が!そう、城跡だったのです。へぇー、面白いなと思った4月1日。その日から、お城に惹かれています。あ、職場も戦場でした‼
以前より天守閣のある城巡りは好きでしたが、同時に戦国時代の史跡とかも好きでしたので関係性のある城跡、特に遺構しか残っていないところにも行くようになりました。戦国時代=お城ですからね。
あとはテレビの影響(大河ドラマや時代劇)も大きいですね。
小さい頃から家族によく城に連れていってもらっていたから。
集英社の漫画、「花の慶次」が歴史に興味を持つきっかけになって大河ドラマや歴史番組を見ていて城が好きになりました。
幼少の頃から親に名古屋城、岐阜城、犬山城、彦根城など連れて行って貰い、また、日本史の中で、三英傑の時代が好きだから。
攻城団のサイトを発見したのがきっかけです。
副産物として山登りが好きになった事です。
お陰で足腰の老化が防げております^_^
まさか自分が城跡の石垣を見つける為だけに
登山を始めるとは驚きでした。
元々父が司馬遼太郎、山岡荘八などの小説をよく読んでいました。それで夏休み等にはよく史跡に連れて行ってくれたり話をしてくれたりしていました。それが大変楽しかったのを覚えています。
成長してからは同じ本を読んで父に感想を話したり、自分で史跡巡りから城巡り、寺社仏閣巡りまでする様になりました。
親子で同じ趣味を持つのも楽しいとしみじみ思います。
大学で歴史サークルに入ってたのでサークルの旅行でお城に行くようになりました。
私もゲームの信長の野望がきっかけで興味がわき
コミックの信長、信玄、家康、正宗などを読み
20歳の頃から攻城始めました。
実際に攻城してみると感動してはまってしまいました。
子供の頃から旅行先でお城があると行っていたので、気がついたらお城が好きになってました。
2016年4月の熊本地震で、熊本城の石垣崩落をテレビで見たのがきっかけです。熊本城は以前行ったことがあって、美しくてカッコいいお城だと思っていたので、無残な姿は大変ショックでした。
それを契機にお城のことをネットで調べているうちに、天守だけがお城じゃないことや、土の城といわれるものがあることを知り、攻城団もその過程で知りました。
100名城めぐりを始めましたが、母の介護をすることになり現在は中断しています。いずれまたお城めぐりをしてみたいです。
100名城スタンプがきっかけです。現在はスタンプにはこだわらず、土の城巡っています。
もともと古い建造物や建築技術に興味はありましたが、姫路城を見てからハマりました☆
子供の頃から皇居(江戸城)や小田原城、川越城は行ったことがありましたが、それ以外では旅先で寄ると言うくらいで、そこまでお城が身近な存在ではありませんでした。
成人しフランスに留学をし、現地で築4・500年位のお城をいくつも観て回り、お城自体の存在感・街に現在も与える恩恵、街の人の誇りを知り、とっても興味が湧きました。
日本に帰国後は、天守がないお城であってもそれぞれに歴史があり、街のシンボルとなっていることが多いことに感銘を受け、お城巡りをするようになりました。
ある日、歴史の人物の本を読みました。そしたらとても面白かったので、歴史が好きになりました。その後、城めぐりを本格的に始めて城も良いなと思って、城が好きになりました。
小学生の頃に社会の授業で貰った歴史便覧、その中にあった安土城の屏風絵になぜか心引かれた。
なぜかそれをノートに模写して、色までつけた。隣にあった大坂城と江戸城も同じくしようと思ったがそこまでやる気は起きなかった。
現代の子供をも引き付ける信長のセンスってすごい。
歴史小説の土をかきあげただけの小城というフレーズに興味津々になった
実際に見て納得したが、このような遺構があることに面白いと思ったのがきっかけ
元々歴史好きでしたが当初は武将にばかり興味が向いており、出不精だったこともあって城には全く興味がありませんでした。
最初の転機になったのは、九州旅行の際に訪れた福岡城でVRを用いたガイドツアー(鴻臚館・福岡城バーチャル時空散歩)に参加したことで、城址を往時の姿と見比べながら探索することに興味を覚えました。
その後幾つか有名な城に足を運んだ際に、行く先々にスタンプが置かれていることに気付いたことで100名城スタンプの存在を知り、各地を旅行するついでにスタンプ集めをすれば出不精を解消するきっかけにもなると思い、本格的に城巡りを開始しました。
その後新田金山城で中世城郭の防御の考え方を知り、八王子城と滝山城で土の城の良さを知り、さらに近隣のマイナーな城址にも遺構が残っている場所が多くあることを知り…と、どんどん深みに嵌っていきました。
城の技術的な側面はもちろんのこと、各地の城を巡ることで各大名の特色の違い、歴史的な背景や思いもよらない地域との繋がり、さらに現代に生きる地元の方の思いや自治体の姿勢など、非常に多くの側面から学ぶことが出来ることが魅力だと感じています。
青空や木々の緑に石垣や白漆喰など、美しい色の調和に感動しその光景に一目惚れしたことが、お城好きとなった最初のきっかけでした。その意味では当時の天気や季節など、攻城したタイミングにも恵まれていたのかなと思います。笑
20年くらいまえ夏に息子と一緒にヘロヘロになって竹田城に登りました。登り切り開けたときの景色におおお~と思ったものです。が、ストンとはまったのは備中松山城登山ですね。下の駐車場から汗をかいて登りきりお城がみえたときの感動は忘れられません。
先日勤務先の施設に入ってるおばーちゃんが白黒の写真を見せてくれてびっくりしました。なんと備中松山城に瓦を運んだ女子学生の一人だったのです。思わず手をにぎってありがとうと言いましたよσ(≧ω≦*)
私が連れまわすのでイヤイヤ仕方なしについてきてた主人が「城めぐりはオレのライフワーク」と言い出しましたヽ(^。^)ノきっかけは大河ドラマに出てくるお城跡を巡ったこと。国宝制覇とお気に入りのお城ができた事→松本城です。 彼は聖地めぐりという言葉を知ったのです。
足腰が元気なうちに1城でも多くめぐりたいです(๑•ㅂ•)و✧
仕事を転職したのが大きなきっかけ。
初めて勤めた会社が超スーパーハードで365日ほぼ休みがなく、飯食う時間も、寝る時間もほとんどない自分の時間が全くないようなところだった。会社と約束して3年間勤めてから転職し、普通に休みのあるところに勤める、すると休みの日に何かしたくてたまらなくて、今までやりたかったことをしようと思って、いろんなお城に行ってみた。そしたら城の構造やら建造物やら歴史とか、山登りしたり、自然とも触れ合えてめちゃくちゃハマった。最初は100名城を生涯のうちに攻城できたらいいと思っていたけど、いろいろ調べていくうちに全国には他にも多くの城があることを知り、他の城についても興味を持つようになっていった。(もちろん、攻城団に出会ったおかげ)
物心ついたときからお城は好きだったと思います。
ただ、お城に強い興味を持ったのは「100名城スタンプラリー」の影響です。それ以前は、単に建築物としてのお城見学をしていただけですが、100名城スタンプラリーを通して、”本当の城好き”になれたと思います。
今は「土のお城LOVE」でありまする。
信長の野望からですw
当時ファミコン版の信長の野望全国版が発売されて、アクションでもRPGでもない斬新なゲームシステムにはまったのを憶えています。
家族の影響でしょうか?物心ついた頃から親や祖父母に姫路、彦根、大坂、丸岡城などに連れて行って貰った記憶があります。
あと、小学生の時から歴史は大好きでした。奈良県に住んでおり、普段から遺跡や古い建築物に身近に接していたのも影響しているかもしれません。
本格的に好きになった(カムバックした)のは大河ドラマ真田丸と信長の野望(戦国立志伝)ですね。ゲームの中では、鉄壁の守りを誇る砥石城が一番のお気に入りです!
2年前の広島一人旅で、広島城・岩国城・福山城の3ヵ所を巡り、広島城では偶然お堀の遊覧船に乗船、岩国城では錦帯橋と天守内部から眺める城下町の風景に感動、福山城では至るところに刻印石垣を見付けては一人興奮し、お城の魅力に完全に引き込まれてしまったこと!
(ちなみに、広島城が人生初めてのお城訪問でした。)
鉄道旅で色々な街に行く→小高い丘の上からその街を俯瞰するのが好きで、気付けば結構な数のお城(城址)に行っていた・・・と、きっかけはこんな感じ。そして攻城団入団後は、いつの間にやら天守のない山城が好きになっていた・・・
学生時代から、歴史に興味があり、各地の神社仏閣や城などを訪問していました。
当初は、天守のある近世城郭を中心に登城していましたが、100名城のスタンプラリーに参加し、岩村城や小谷城などの山城を攻城するうち、その魅力にはまってしまいました。
子どもと一緒にみた歴史番組で、城主や歴史についてではなく「山城の高低差」や「土塁・掘」について面白く紹介していたことがきっかけで興味を持ちました。
もともと地形や地図が好きだったので。
そういうきっかけで興味をもったので、好きなのは山城や中世の城跡です。
歴史の流れや、城主について調べるようになったのは最近です。
最近やっと現存天守の城へ行き、建物自体の素晴らしさにも感動しました。
攻城団はいろいろな視点で城を楽しんでいる方がいらっしゃるので、どう楽しむかとても参考になります。
人生のいくつかのステージで、お城を好きになっていくきっかけがありました。まず、小、中、高校生の時、夏休みの家族旅行では、だいたい旅行先のお城を訪ねてました。両親は特別城好きという訳ではなかったので、今思うとなんで?と不思議です。
次は、社会人になった時。同僚との旅行でも、気付くとお城を訪問先に組み込んでました。
そして結婚後、転勤先の沖縄では、城(グスク)跡が子供との遊び場でした。
子供が自立して自分の時間が増えた数年前、人生初めての一人旅に選んだのが、安土城と彦根城です。何物にも縛られない開放感とお城の壮大さに、一気に心を奪われました。その興奮が覚めやまない時に攻城団に出会い、城好きに拍車がかかり、今に至ります。
初めて「城」という言葉に出会ったのが、小学校唱歌の「荒城の月」(土井晩翠作詞)だった記憶がおぼろげにあります。その後、故三橋美智也さんの「古城」や「武田節」、小柳ルミ子ちゃんの「私の城下町」、さとう宗幸さんの「青葉城恋唄」に魅かれるなど、歌がきっかけだった気がします。また、ジブリの映画「ルパン三世カリオストロの城」や「天空の城ラピュタ」にもあこがれていました。リアルな城体験は、親に「大阪城」に連れていってもらったのが最初で、とても衝撃的でした。
もともと歴史が好きだったことと、好きな戦国武将のお城を訪ねたかったからです。
それは今を遡ること10年前、旅行で行った「 熊本城 」を見たときです。
目の前に広がるまさに圧倒的な遺構の数々を見て衝撃を受けました。
(全身の血が沸き立つ様な感じだったのを今でも覚えています)
それから5年程経ったある日、アルバムを整理していると高2の時に行った修学旅行の写真が目に入りました。 その写真を見てビックリ仰天!集合写真のバックには熊本城天守が…。そ、そうです、衝撃を受け感動したあの時は2度目の攻城だったのです!
人間てヤツは興味がない時は目に入らない、記憶にも残らない生き物なんですね。
小学生の頃日本の偉人伝記シリーズみたいな本で、
いわゆる三英傑の本を読んだのがきっかけで、歴史好きになりました。
歴史が好きだということを話したことがきっかけで、
小学生のころ、千葉にいた祖父のところに遊びにいくと小田原城や名古屋城、
江戸城などにつれていってもらった記憶があります。
おとなになってからは出張に行くときにお城があれば立ち寄る程度でしたが
攻城団がはじまるまえの予告のブログ的なものを読んでいて
「そういえば意識的にお城めぐりしたことなかったな」とふと思い出し、
お城散策をはじめたという流れです。
旅行で訪問した松本城の柱の傷や染みに、当時の暮らしが見えた気がして