読者投稿欄

「攻城団」では不定期にさまざまなお題で読者(団員)からの投稿を募集しています。少し時間のかかるお題もあるかと思いますが、みなさんの率直なご意見をお送りください。
このページではみなさんから投稿いただいた回答の一覧を表示しています。

攻城団編集部さんの質問

あなたの好きな戦国武将とその理由を教えてください

みんなの回答一覧

51人の団員から回答が寄せられました。ありがとうございます!

ひーさん

徳川家康

東京が2020年に2回目のオリンピックが開催できる大都市になったのも、徳川家康が豊臣秀吉から関八州に移封され、江戸の町を開拓して、東京の礎を築いたから。
三英傑の中で人気は低いが、戦国の世を終わらせたのは、徳川家康だった。


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みったーさん

真田 幸村こと真田 信繁
戦国無双から興味をもちだして調べていくうちに自分の信念を貫いて日本一の兵とまで云われた生き様にほれた。

仙石 秀久
センゴクシリーズから興味を持った
秀吉に仕えて順風満帆だったが戸次川の戦いでの大失態。
そこからの返り咲き。
今のビジネスマンに通づる生き方だと思う。

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三住和基さん

【徳川家康】
逆境を全て乗り越え生き抜いた天才。
人質時代→独立→一向一揆→三方ヶ原→信康事件→伊賀越え→関東移封→関ヶ原→後継者選び→大坂の陣ととてつもない難題が降り注いだ人生。
いつ死んでててもおかしく無いと思います。
そんな人が遺す「人生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず」という言葉の重みははかりきれません。
3英傑では一番の人気薄ですが、私は一番好きです。

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朝倉義景さん

朝倉義景です
一乗谷のあの素晴らしさは何回見ても感動します

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甲斐武蔵守さん

二、三人いるけどやっぱり家康公です。あとは城好きとして藤堂高虎と太田道灌を推します。

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玄之丞さん

郷土愛も含めて島津義弘公です。
通っていた小学、高校は加治木館の跡で石垣が残っていました。
九州制覇の原動力であり、関ケ原の敵中突破からの薩摩への撤退、
関ケ原後の領土安堵など、波瀾万丈の人生でしたが、
幕末から明治維新の薩摩藩の礎を築いたのは
義弘公だったのだと思います。


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バイク攻城兵さん

大谷吉継です。

一人に絞るのが大変ですが、自分が歴史を好きになる切っ掛けとなったという点で。

もともと歴史に興味がありましたが、2000年の大河ドラマ「葵徳川三代」で故・細川俊之氏が演じていた吉継に止めを刺されました。
三成に「お前と共に死んでやる」と言ったシーンは、子ども心になんて格好いいんだと興奮しました。

すぐに祖父母にねだって関ヶ原に連れていってもらい、吉継のお墓参りをしたことをよく覚えています。
(昨今の歴史ブームで、今は献花が絶えないようですが、当時はあまり人が来ることがなかったようで、タクシーのおじさんに珍しがられました)
大人になるにつれ逸話の信憑性等が疑問視されていることを知りましたが、それでも子どもの頃の感覚は中々消えないものですね。

余談ですが、関ヶ原から400年と言うことであの大河は関ヶ原にかなり力を入れており、役者の方々の武将とのはまり具合も高かったです。
私の中では未だにこのドラマに出てきた武将のイメージは同ドラマの役者さんと一致しています。

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Sさん

山内一豊です。
誰だよそれっていう方もいるかもですが、まあ、本当に地味ですよねw
私自身、会社勤めの普通のサラリーマンですし、彼の生き方の通じるものがあるからでしょうか。司馬遼太郎の「功名が辻」に登場する一豊は主君のために一生懸命働いています。戦においては何とか戦功をあげようと奮戦し、又ある時は主君から無理難題を申し付けられるところなど私自身のサラリーマン生活と重なるところがあるからかもしれません。そんな彼が最終的に土佐一国を与えられるまでになるのですからあやかりたいものです(私自身にそこまでの実力はありませんがw)。
もう一人挙げてもいいならば明智光秀も好きですねぇ。こちらもサラリーマン視点でなんですが、こちらは一豊とは違い天才肌なんですよね。しかし実力がありながらも驕るところがなかったようですし、与えられた仕事に真摯に取り組むところが尊敬できるところです。


唄方さん

 真っ先に思い浮かぶのは文武両道の相模の獅子・北条氏康公です。武においては関東連合の大軍を河越夜戦で打ち破り、武田氏・上杉氏といった並居る巨大勢力を相手にしながら退くことなく関東の地盤を確たるものにした勇将。一方で初代早雲公以来の教えを忠実に守って民を慈しみ善政を敷いた随一の民政家でもあります。その政策は江戸幕府にも影響を与えており、徳川入部後現代まで至る関東の繁栄は北条氏の下地あってのもの、と思っています。また氏康公が帝王学を授けるにあたって語ったの名言の数々は『上司にしたい戦国武将』に挙げたくなること請け合いです。
 他には徳川の大軍を二度も手玉に取った表裏比興の者・真田昌幸公や、現代まで稼働する治水設備を作り上げた佐賀の水神・成富茂安公、”数奇な運命”を地で行くある意味勝ち組な今川氏真公など、挙げ出すときりがありません。ちなみに、三英傑の中では信長派です。


関東の信長さん

織田信長

戦国時代のカリスマ武将。
数々の戦で功績を挙げ、のちの日本の礎を築いた功労者。
楽市楽座の施行や関所の廃止など、常に世の改革を推し進めてきました。
豪華絢爛だったとされる安土城、その城址にはいつ行っても魅力に引き込めれてしまいます。

その裏で数々の残忍な手法で敵対する武将はおろか、身内までも粛清する
という冷酷さも。。。「泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

良くも悪くも戦国時代、いや日本史を代表する人物です。

たくさんいますが、とりあえず一人をあげると毛利元就です。謀略的な作戦を駆使してあそこまでの大勢力になったところが独特で興味を惹かれる。一方で、大大名なのに信長や信玄などに比べると、大河ドラマや小説、漫画等の露出度が圧倒的に低く地味な感じが否めない(北条氏康もそうかも)。いつの間にか大勢力になってたイメージ(あくまでイメージ)。華やかさに欠けるところが、地味好みの私に合っている…かな。

[ 立花宗茂 ] イメージですが、戦上手な賢い武将てあり「立花の義」(決して裏切らぬこと)を守り通した為、関ケ原後領土を失うがその後も家臣を思う情け深い人であったと思う。
「義を立て誠を貫く」生き方に引かれる。
また、正室の誾千代が男勝りでカッコいい。誾千代の甲冑姿を見てみたい。


zbさん

織田信長

・常識を破る意志の強さ。
・常に新しい戦略を産む発想力。
・見る者を意識したお城、身なり。
私はこの三点につきますね。
特に三番目は秀吉、家康共に
大きな影響を受けたと思われます。
威光と言う概念、それが天下統一には
必須のものである事が理解されたのですね。


Kutsunaさん

・明智光秀
→コーエーの「戦国無双」の影響。(一番好きなキャラクター)
自分に従わないものは全員抹殺の信長の姿勢に疑念を抱き、苦悩する姿を描いたムービーで惹かれた。
謀反を起こして主に背いた張本人ではあるけど、戦乱の世にあっても犠牲はなるべく少なくしたいという人間らしさがあって素敵だと思っています…!

・伊達政宗
中学生の頃、観光で仙台城の伊達政宗像に行ったとき、父が子供たちよりもはしゃいで「俺も写真撮ってくれ!」と言って写真を撮っていたのが印象的だった。
(その頃は歴史にも戦国武将にも全く興味が無かったのが心残り。)
あとはその後にプレイした、コーエーの「戦国無双」の影響。
奥州の覇者にはなれたけど、結局は天下人に従う道を選んだ彼が、仮にも天下人になったとしたらどうなっていただろうか…と考えてしまいます。


弥一左衛門さん

好きな武将が多いので非常に難問でした。地元の武将にとても愛着はありますが、一人あげるなら、一周回ってやはり織田信長公です。理由は色々ありますが①その絶大なカリスマ性②先見の明がある。③好奇心のたくましさ。④怒りは口にするが不満は口にせず、即決で徹底的な行動力。⑤有能な家臣にはけっこう寛容。⑥身分にこだわらない。⑦目的意識がはっきりしていてぶれない。⑧美的感覚に優れている(先を行く)。⑨謎を残す死。⑩血脈が続いている、などなど。政策的にも楽市楽座、関所撤廃など経済に明るく、政教分離など誰もができない事をやるところがすごいと思います。逸話としては比良城の近くの蛇池の話が信長公らしいなと思います。


hiro.Eさん

戦国時代大好きな者にとって、これは難問。強いて言えば真田昌幸か幸村。やっぱり昌幸かな。きっかけはNHK水曜時代劇「真田太平記」ですね。丹波哲郎さんがよかった。まさに策士!という役柄ぴったりでした。昨年の大河ドラマ「真田丸」で草刈正雄さんが昌幸を演じて、嬉しかったですね。ドラマの影響ですけど、昌幸自身も「表裏比興の者」「信玄の眼」。天正壬午の動乱をくぐり抜けたしたたかな行き方はやはり魅力的です。


たかすいさん

豊臣秀長と立花宗茂です。彼らの生き方が好きです。
今川氏真のしぶとく生き残る様も好きですね。


茶々さん

自分のご先祖様がお仕えした村上義清、国清親子が好きです。(国清は大名でなく上杉家臣の扱いですが…)
敗者の常で記録は殆ど残っていませんが、今でも本拠地であった長野県坂城町では郷土の英雄として語り継がれています。
また、砥石崩れの舞台となった砥石米山城にも義清公の顕彰碑があります。


hinakさん

直江兼続・・・文武両道で自分の理想を投影しているようで
徳川家康・・・家康の母のおだいの郷が故郷なので、なんだか不思議な親近感
このため、
直江状については、最高に痛快に思ったり、とっても苦虫に思ったり・・・


もすもすさん

徳川家康です。
色々な本を読むとあまり良くは書かれていませんが、約300年の平和な時代の基礎を築いたと考えるとやはり英雄だと思います。


三井さん

北条氏康です。
単純に自分が関東住みなので北条氏に親しみがあるということもありますが、その関東一帯を支配したことや、政治能力の高さなど、知将猛将の名を冠するスケールの大きさが好きです。


青春の巨匠さん

長曾我部元親
天下に覇を唱える可能性はあったか。四国故に四国の王者になったが、四国故にそこどまった彼を判官贔屓ではないが、応援したくなる。信長の野望では専ら長曾我部元親でプレイしていたなぁ。

織田信長。

人が考えもしないことを考え、実行してしまうところ。
安土城天守のような高層建築を山の上に建ててしまおうという発想力に憧れる。


真田源次郎信繁さん

好きな武将は、名前の通り、真田源次郎信繁です!
理由…理由……信長の野望をやり込んで、かなり強いなぁ〜と思ったところから興味を持ち、それから好きになりました。


dougenさん

【真田昌幸】
NHKの真田太平記で丹波哲郎が演じた昌幸(※)のファンになりました。
徳川の大軍相手に勝利した智謀、従属先を状況に応じて変更して、真田家を存続させる対局感にも感服した。
※真田丸では草刈正雄が昌幸を演じてましたが、私の中ではかっこ良い幸村の印象が強いです。


かぷっちょさん

戦国武将ということであれば、明智光秀ですね。
義の武将であり、日本を破滅の危機から救って今の姿にとどめることができたのは、彼の英断が大きかったと思います。光秀がなければ、家康も無かったと思います(秀吉はいてもいなくても結果は同じだったのではと)。
戦国でなければ、北畠顕家ですね。最高に義に厚く、知略と武勇を兼ね備えていたと思います。


河内守泰吉さん

私は真田昌幸公です。小勢力だった真田家を智略を尽くして大名にまで拡大させ、時の権力者である徳川家康と堂々と渡り合ったことがとても惹かれます。勿論、池波正太郎先生の「真田太平記」を読んで感銘を受けたことも理由の一つにあります。

好きな武将というわけではないのですが、どうしても美濃国の武将が身近ですし、
それに纏わるものを目にする機会も多い為気にはなります。
竹中半兵衛、可児才蔵、仙石秀久、氏家卜全。
勿論、天下布武と名乗っているので織田信長は当然好きではあります。
伊達政宗については、英語でレポートを提出した経緯があり印象強いです。
城址攻城観点からは北条氏、武田氏も興味深い。
しいて一人、私が好きな(惹かれる)武将をあげるなら「明智光秀」ですね。
本能寺の変については色々な説がありますが、どれも信憑性は低そうです。
逆賊の印象がありますが、領民の為の善政を行う、高い知性と教養を兼ね備えた名君だと思ってます。


遠里小野さん

松永久秀の生き様が魅力的です。東大寺に火をかけたり、主家を滅亡に追い込んだり、将軍暗殺に関わったりと前代未聞の所業を行ったかと思えば、芸術系にも造詣が深かったり。どこまでが事実かは分かりませんが、興味は尽きません。


吉法師さん

私 吉法師です!
当然 織田信長公一択です

信長公と同じ尾張生まれ尾張育ち
名前にも『信』の一字を授かっております


bullichuさん

真田信之さん。
地元の者なので、子供の頃から親しんでいましたし、長生きしてくれたのも好きな理由です。90歳にもなって、お家騒動の火消しに駆り出されるじいさんて、そうそういないと思いますし、それでおさまりましたから。立派!!


ひでゆきさん

真田幸村、生き方が自分と似ているから。


多摩次朗さん

豊臣方の武将は、大谷吉継です。
友の石田三成のために敗けを覚悟で関ヶ原の合戦に参加したとゆうエピソードが好きです。
真田幸村の義父とゆうところも良いです。

徳川方の武将では、鳥居元忠です。
人質時代から家康を支えて後の徳川の未来のために伏見城で三成勢と戦い、壮絶に散った忠義の心が大好きです。

最近は伊達家の宿老の鬼庭左月斎が好きです。
某野望では知略政治力がお察しな脳筋ですが、実際には輝宗の時期に評定衆に抜擢され、遠藤基信と並ぶ双璧となっていたことから人並み以上のバランス感覚があったことが推察できます。
また離婚した元妻が片倉小十郎景綱を生んでいたりと伊達家の中枢に近い人物です。
人取橋の戦いはこの時期の歴史が好きな人で知らない者はないでしょう。4倍くらいの兵力差があった中での撤退戦なので金ヶ崎以上のインパクトがあります。ちなみにこの時70歳以上というw。


Aichirouさん

上杉謙信
子どもの頃に読んだ伝記で憧れ、現在に至るまで、ずっと変わらず私の好きな戦国武将です。
諸説ありますが、やっぱり『義』のイメージが私の中では一番です。


はなせれぶさん

山内一豊
城に興味を持ってから初めて行った城が掛川城で、それを自由研究にした時に調べた人物だった、というだけですが、なんだか勝手に縁を感じて気に入っています。

妻の金で馬を買ったり、
顔に矢が刺さったのを部下に抜いてもらったり、
人の話をパクって家康に恩を売ったり、
高知城築城の際に何人も影武者を連れてみたり、なかなか逸話の多い人物だと思います。


豊島泰経
地元の偉人さんです。
多分地元の人もあんまり知らないと思います。


むらーのさん

戦国武将あまり知らないので見たことない大河ドラマでもレンタルして勉強しようと思います。とりあえず、最初に借りてみたのが「功名が辻」という、山内一豊を描いたドラマ(上山隆也と仲間由紀恵が主演の10年くらい前のドラマ)。見てみると初めて知ることだらけでびっくりする。歴史の流れや城に関する話もいくつか出てきて面白い。さらに、マイナーな城も登場人物のゆかりの地の紹介などで出て来て「あー、そうそう ここも行ったことあるわ」とちょっと興奮した。ということでとりあえず山内一豊

歴史を知ってまた城の見方が変わりそうなので、これから、なるべく空いた時間にDVDみて勉強しようと思います。


UMA1001さん

地元のヒーロー毛利元就です。地味でイマイチパッとしないので人気がありませんが、ものすごく気を使い、根気よく調略などを駆使して生き残った武将です。また、色々な文書から人間的な弱さをさらけ出しているところもあり、とても好感が持てます。

加藤清正
戦に強いだけでなく、地方行政にも力を入れ、人も土地も荒れていた肥後を肥沃な土地に変え、人心掌握したので。もう少し長く生きて欲しかったなぁ。


はるーさん

加藤清正
扇の勾配が好きだから


足軽(仮)さん

いません


syama1957さん

平清盛、土方歳三が好きなのですが平安、幕末なので、戦国時代では大谷刑部吉継が第一です。 〝義〝の人と言うと上杉謙信とかが挙げられますが、秀吉への義、三成への義は、謙信、景勝以上の義だと思います。


大月源さん

織田信長、徳川家康と来て、実は今は石田三成がツボですね。昨年、滋賀県巡りをしたとき、滋賀県の石田三成CMを見て、感動しました。
県民の三成愛の偉大さ、最高‼ そこから始まり、三成の不器用なところ、バランスの悪さ、人間臭さ、全く誉めてないけど、好きなんです。
島左近の気持ちが分かるわーーーー‼\(^o^)/


むくさん

織田信雄さん。
沈んでも、しぶとく乱世を生き延びた。
そんな人になりたい。


そうりんさん

大友宗麟!!
九州に覇を唱えた前半生の絶頂と、キリスト教に傾倒した挙句に没落した後半のギャップが凄過ぎて同情してしまう。
悪評がつきまといがちな武将ではあるが、多々良浜の戦いで毛利元就を撃破した戦闘力はもっと評価されるべきであろう。
複数回答がOKなら、立花道雪も。凋落の一途をたどる大友家に忠誠を誓い、死ぬまで支え続けた生涯にあっぱれ!!多々良浜の戦いも実際に大友軍を率いていたのは彼である。


ふみりょんさん

竹中半兵衛様です(≧艸≦☆)キャア
主の後ろでいろいろ知略をめぐらせるタイプの人が大好きなのです。
気持ちがグッと入ったのは10年位前に三木のお墓参りをさせていただいたときです。近所の人たちの手できれいにお掃除されてて入口におばーちゃんが座ってて「ようお参りにきてくださったねえ」と声をかけてくれました。手を合わせながら涙が流れました。陣屋にも垂井町の禅幢寺にも行きましたが三木のブドウ畑ほど泣けたことはないです。いままで3回お参りに行きしたがまた行きたいな~


しろやまさん

№1 楠木正成(圧倒的な数の敵足利軍と果敢に戦い、天皇に忠義を尽くした。)
№2 真田幸村(圧倒的な数の敵徳川軍と果敢に戦い、信念を貫いた。)
№3 羽柴秀長(№2の立場に徹し、秀吉の天下取りを支えた。)
№4 直江兼続(圧倒的な数の敵徳川軍と果敢に立ち向かい、上杉家を支えた。)
№5 山中鹿介(圧倒的な数の敵毛利軍と果敢に戦い、尼子家を支えた。)
 いずれも、トップにはなれなかったものの、歴史に美名を残した栄えある武将です。


むぎさん

竹中半兵衛、直江兼続、石田三成。
軍師が好きだ!やはりこの人たちの活躍があっていろいろな物語がある。


ほむほむさん

直江兼続ですね。

上杉氏の家老という立場でありながら、ここまで有名な武将はあまりいないのではないかと思います。完成すれば鶴ヶ城(会津若松城)より大城郭と言われていた神指城は完成して欲しかったですね。この目で完成したお城を見てみたかった。

私の好きな戦国武将は浅井長政です。なぜなら、小谷城が織田信長に攻められたときに、妻の市と浅井三姉妹を逃がしたのがカッコいいと思ったからです。


まーPさん

上杉の武将 本庄繁長です。
揚北(阿賀北)衆として有名だと思います。
武田信玄の調略により上杉謙信に対し反乱を起こし、最終的には降伏して許されます。
その後の活躍は謙信の死後なので、干されていたのかもしれません。
景勝の代で山形県庄内地方攻略の総大将として、実質最上義光軍を破ります。
関ヶ原の際、飛び地として庄内地方が上杉領なのはこれに由来します(厳密には二転三転してますが)。
さらに、関ヶ原で東軍の勝利が確定した際、伊達政宗が旧領回復のため白石より南下して、福島城を攻撃しますが福島城将として撃退します。
他にもあるでしょうが、この3件は歴史小説として読めます。
一武将としてこれほど面白い人はなかなかいないと思います。


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