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『真田丸』前半まとめ(とこれから起こることを整理)

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みんな大好き『真田丸』もとうとう折り返しです。
そこで前半の内容をみんなで振り返ってみましょう。

年表にしてびっくりしましたが、まだ初回から数えると10年も経ってないんですね。

前半のストーリー振り返り

大河ドラマ『真田丸』は武田家が滅亡する1582年(天正10年)からはじまります。
この年は織田信長が横死する「本能寺の変」が起きた年でもあり、戦国時代の一大転換点となった年なのですが、まさかここからスタートするとは思いませんでした。
あと個人的にはバイオリンが流れるオープニングにこんなにハマるとは思わなかったです。いまではあの曲を聞くたびにテンションが上ってます。

第1回「船出」

初回のタイトルは船にたとえた『真田丸』らしく「船出」でした。42歳の堺雅人さんがまだ16歳の真田信繁を見事に演じられていました。青臭さとか無鉄砲さとか、次男がゆえの自らを捨て駒として諦観している感じがすごく表現されていましたよね。

草刈正雄さん演じる真田昌幸のコメディパートも初回からばっちり入ってて、「武田が滅びることはけっしてない!」からの「武田は滅びるぞ」とか、表裏比興とうたわれた昌幸をこんなふうに描くのかと爆笑しながら感心した人も多いんじゃないでしょうか。
(その後も昌幸の二枚舌っぷりは鉄板のギャグになってますよね)

また武田勝頼を悲劇の主人公として描いた点もよかったですよね。
新府城を捨てて小山田信茂の居城・岩殿城へ向かった勝頼が、信茂に裏切られたシーンは印象的でした。

第2回「決断」

信繁たち真田家の一行は岩櫃城へ向かいます。「信長の野望」の3Dマップが出てきたのもびっくりしましたね。たしかに平面の地図よりも、山をこえなければならない大変さが伝わってわかりやすいです。

野党に襲われた際に信繁は相手を斬り捨てることができず、信幸に「ためらうな。お前のためではない。一族のためだ」と叱りつけるシーンがよかったですね。
1歳しかちがわないのに嫡男としての自覚が信幸にはあって、この兄弟の性格や責任感などの対比がこのあとも何度も出てくることになります。

第2回では徳川家康が登場します。
貫禄を出すために体重を増やしたという内野聖陽さん演じる家康の家臣団は『真田丸』ではお笑い担当みたいになってますが、これは最終回までずっと出ることになるからなんでしょうね。
石川数正の「徳川家中は一心同体。心配ご無用にございます」がネタ振りになってたり、その後の歴史を知ってるとより楽しめるドラマになってますよね。

武田家が滅亡したことで主家を失った真田家は窮地に立たされます。
昌幸は次に誰につくべきかを思案するわけですが、信繁は次男だから軍議に呼ばれないとか、こういう細かい描写がファンを増やしていったような気がします。

攻城団ではこの回から毎週日曜日の朝に解説画像を投稿するようにしました。
最初は登場人物のこの時点での年齢一覧でした。たくさんシェアしていただきありがたかったです。

第3回「策略」

悩んだ末に信長につくことにした昌幸。
昌幸の「わしは○○に賭ける」というのもギャグのパターンになりましたね。しかしまあ史実をベースに書いてるはずなのに、よくもまあこんなにうまく笑いを入れますよね。

続々と登場人物が増えますが、まずは西村雅彦さん演じる室賀正武ですよね。
数週にわたって昌幸と対立をつづけるわけですが、信幸が何か言おうとするとさえぎられる「黙れこわっぱ!」は最高でしたね。

タイトルの「策略」のとおり、この回は昌幸が信長に自分を高く売り込むために策を講じます。
信幸に上杉景勝宛の密書を持たせ、それをわざと正武に奪わせて、さらには信長にわたることまで計算に入れるという策ですが、この頃は昌幸の知恵者ぶりが強調されていましたね。
そして真面目な性格の信幸が、父親を理解できず、また父親に似た弟とも距離を感じはじめていることも描かれていて、のちの「犬伏の別れ」への伏線になっていそうです。

犬伏の別れ:「関ケ原の戦い」の前におこなわれた家族会議のことで、このとき昌幸・信繁が西軍につき、信幸が東軍につくことを決めた
(近年これは創作にすぎず、じっさいにはなかったという説も)

解説画像はけっこう時間をかけてつくったんですけど、あんまりシェアされなかったですね。
ぼくはこういう予想図的なの好きなんだけど。

第4回「挑戦」

昌幸と信繁は信長に会うために諏訪の法華寺に向かいます。
信長との面会を「これもひとつの戦(いくさ)である」と昌幸は信繁に伝えましたが、『真田丸』では刀を交える合戦だけでなく、こうした交渉事を同じくらい重要なものとして描いていますよね。
(その集大成が沼田裁判だったりするわけです)

信長への臣従が認められ、関東を任された滝川一益の与力とされた昌幸でしたが、沼田城と岩櫃城を取り上げられてしまいます。
ここから前半の鍵である「沼田問題」がはじまるわけですね。

解説画像は織田家と真田家がゾウとアリくらいの格差があるってことを表現したかったんですけど、あんまりうまくいかなかったですね。

第5回「窮地」

「本能寺の変」に主人公をどう関わらせるかについては、過去の大河ドラマでもいろいろな(ときに強引な)演出がされてきましたが、『真田丸』では人質として安土に向かう姉・松に同行した信繁がこの歴史的大事件に遭遇するという手法が採用されました。
安土からだと京都までは馬を飛ばせば見にいけますからね(上田にいてはどうすることもできない)。

それにしてもナレーションだけで終わらせちゃう演出にはびっくりしましたね。以降「ナレ死」とか「有働アナ最強説」とか、真田家が直接関わってない歴史イベントについての描かれ方の指針となりました。

「本能寺の変」に時間を割かなかった一方で、家康一行の伊賀越えについてはしっかり描いてました。コメディパートでしたけど。ほんと最高でしたよね。

信長が死んだことでふたたび窮地に立つ昌幸ですが、このとき信幸の前で「畜生! あの男に賭けたわしの身はどうなる!」「源三郎! どうすればよいのか。この父に教えてくれ!」と感情を爆発させ、弱気な一面を見せます。
ぼくが『真田丸』をおもしろいなあと思うのは、昌幸が知恵者でありつつも、判断ミスをけっこうしてるって点をしっかり描いている点なんですよね。それも知恵に溺れての失敗ではなく、知恵があっても運がなければ戦国の世はどうにもならないというのがリアルだなと。

解説画像は2枚投稿しました。この頃は毎週なにかしらイベントが起きていたので題材選びは楽だったんですよね。

第6回「迷走」

第6回もタイトルの「迷走」のとおり「本能寺の変」後のドタバタを描いた回です。
明智光秀の兵に追われた松が琵琶湖に飛び込んだのもこの回でした。死なないことは史実から知ってましたが、まさかあんなふうに再登場するとは思いもしませんでした。

畿内では羽柴秀吉が毛利攻めを中断して京都に駆け戻り、そのまま光秀をやぶった「山崎の合戦」が起きました。例によってナレーションだけでしたけど。

中央の政変に振り回されながら、昌幸は「これより真田は、誰の下にもつかぬ」「どんな手を使っても、わしは真田を、この地を守りぬいてみせる。大ばくちのはじまりじゃ!」と宣言します。
いわゆる「天正壬午の乱」への伏線となるセリフですが、国衆にすぎない真田家が上杉、北条、徳川といった大名となぜわたりあえたのかを説明するには十分な迫力でしたね。

解説画像はこの週も2枚です。「中国大返し」と「山崎の合戦」について投稿しました。

第7回「奪回」

タイトルの「奪回」は沼田城と岩櫃城を指しています。
一益が「神流川の戦い」で北条の軍勢に敗れ、その混乱に乗じて昌幸は城を奪い返しましたが、その後、一益のほうから「城を返す」といわれて、この空回りなところも戦国時代の混乱ぶりが表現されてますよね。

もうひとつの「奪回」は一益に人質に取られていた祖母・とりと世話役として同行していたきりの救出です。ここで信繁は失敗するわけですが、まだ若く経験がないことを表現しています。
前半での信繁はほんとに失敗ばかりでしたね(16歳なんだから当然ですが)。

昌幸は海津城に入っている景勝に会いにいき臣従を誓います。
いよいよ来週からは「天正壬午の乱」がはじまります。

解説画像は「神流川の戦い」でした。

あとこの週は海津城のほか、小諸城木曽福島城など信濃のいろんなお城が登場したので、アクセスが増えましたね。

第8回「調略」

北条が上野を攻略し、そのまま碓氷峠を超えて信濃に侵攻します。一方で徳川は甲斐に攻め込みます。上杉も越後から南下して信濃を伺います。
「関東の三国志」とも表現される三つ巴の戦い、いわゆる「天正壬午の乱」です。

昌幸は信尹と信繁を春日信達のもとへ送り、調略して北条への手土産にしようと計画します。少なくとも信繁はそう信じていましたが、じっさいには信達の寝返りが景勝に露見すること、それによって氏直が当初の方針を変更して上杉との対決を取りやめ、甲斐に侵攻した徳川との合戦を選び、昌幸にしんがりを命じるところまでが、すべて計画通りでした。
ここは昌幸の神がかった策略家ぶりが表現されてましたね。

解説画像は「天正壬午の乱」です。これはたくさんシェアしていただきました。

第9回「駆引」

見事な計略によって、北条・上杉の双方の軍勢を信濃から撤退させることに成功した昌幸は、自らが大名となるべきか、あるいは国衆たちによる独立国家をつくるべきか、決断を迫られていました。
この頃から出浦昌相が昌幸の右腕として出ずっぱりになりますね。

信繁は昌相から「お前はやさしすぎる。もっと強くなれ」と叱咤され、梅からは「大事なのは、人の命をできるかぎり損なわないこと」と諭されますが、『真田丸』では正義とか平和のために争うのではなく、利害によって戦争が起きるし、利害によって戦争が終わることが繰り返し描かれてますね。
と同時にそうした利害の外に、誇りとか矜持といった譲れない気持ちがあって、それが北条氏政の最後のシーンにつながっていくわけですね。

「天正壬午の乱」はまだつづいています。
昌幸は家康に寝返り、その条件として上野の沼田領を真田家が支配することを認めさせます。どんどんややこしくなる沼田問題です。

解説画像は信濃の国衆の紹介でした。

第10回「妙手」

徳川と北条が和睦したことで、真田家の価値は相対的に下がります。
そして和睦の条件に沼田領を北条に引き渡すという内容が含まれていたため、昌幸はまたもや窮地に立たされます。

昌幸は上杉に備えることを口実に、徳川の金と人手を利用して上田城を築きます。
家康は城をつくってやることと、人質となっていたとりを返すことで、沼田からの立ち退きを迫ります。このあたりは家康は格がちがうことをうまく表現してましたよね。

昌幸はいったん沼田を諦めるのですが、城代として沼田城を守っている矢沢頼綱は「北条になど死んでも渡すものか」と徹底抗戦してしまい、徳川の手前、表立って援軍を差し向けることができない昌幸は信繁を景勝のもとに送ります。
「知恵を働かせよ、源次郎。お前に任せた」とノープランで丸投げされた信繁でしたが、虚空蔵山城で猿芝居をするという案を思いつき、沼田から北条軍を撤退させることに成功します。
作戦の成功で有頂天になった信繁は梅に求婚します。

解説画像はネタに困って、信繁の人生グラフでした。人生グラフはこのあとも何度かネタ切れしたときに使ってます。

第11回「祝言」

まずここで戦国時代では正室と側室がいて立場が異なること、最愛の人を必ずしも正室にできるわけじゃないことが描かれています。
秀吉と寧(ねい)のように恋愛結婚で正室を迎えることができたのは当時としてはほんとうに珍しいことなんですよね。

第11回は正武を暗殺する話です。昌幸が謀殺したことは記録に残っていますが、祝言の席でおこなったというのはフィクションです。正武の最後は名シーンでした。
でもこの回は長澤まさみさん演じるきりの回でしたね。信繁が梅と結婚してしまうという失恋のシーン、祝言の席が血で染まった中で「あなたたち、いいのそれで!?」と詰問するシーンは素晴らしかったです。

解説画像は秀吉が天下人にのぼりつめるための合戦をまとめたものです。ぜんぶナレーションでしたけどね。

第12回「人質」

正武に暗殺を命じたのが家康であることは明らかで、徳川との決裂は避けられないものとなりました。
そこで昌幸は景勝に臣従して守ってもらおうとしますが、景勝は条件として信繁を人質として寄こすようにいいます。昌幸は承諾し、信繁は春日山城に向かいます。

第12回ではこれまでにない、新しい上杉景勝直江兼続が描かれました。
過去の大河ドラマ、たとえば『天地人』などでは景勝は無口で何を考えているかわからず、兼続がその達者な弁舌でフォローにまわるという描かれ方が一般的でしたが、今回三谷さんはお人好しで安請け合いする景勝、そんな主君にうんざりしながらもしっかり支える兼続という、いままで見たことのないふたりのキャラ付けをしましたね。
遠藤憲一さん、村上新悟さんの演技も見事で、いまではこの主従のやり取りを見るのが楽しみでなりません。

解説画像は景勝の人生グラフです。

第13回「決戦」

第一部のクライマックス、第一次上田合戦です。
史実では信繁は(人質として春日山城にいたため)参加していない説が有力ですが、やはり主人公として合戦に参加しました。昌幸が「駒がひとつ足りない」といい、その最後のピースとして信繁が戻ってきて一家総出で徳川と戦うシーンは「家族」がテーマになっている『真田丸』らしかったです。

これまで合戦はナレーションですませていましたが、今回はセットも組まれてましたね。
2000の兵で、3倍を超える徳川軍7000に勝利したこの合戦は昌幸の名前を有名にしました。真田側の戦死者数は40人(徳川軍は1300人!)という結果からも圧勝であることがわかりますし、梅が語っていた「大事なのは、人の命をできるかぎり損なわないこと」を実践したわけですね。
その梅が、合戦のさなかで命を落とすというのが、ただ脳天気なコメディで終わらない『真田丸』でしょうか。

解説画像は第一次上田合戦のまとめでした。

さらに今回は桝田道也先生にお願いしてマンガも描いていただいてます。

第14回「大坂」

第二部の舞台は大坂です。
山本耕史さん演じる石田三成や、竹内結子さん演じる茶々など、新キャストが続々と登場します。地方から出てきた信繁が中央のスケールに圧倒される様子が見事に描かれていました。

個人的には数正の出奔の背景に昌幸と信尹がかかわっていたという設定はおもしろかったです。
出奔の理由はいまだにわかっていませんが、事実としてこの数正の出奔がなければ真田家は滅亡していた可能性が高いわけで、ミステリーのお約束である「いちばん得をした人間が犯人」を採用するならば、昌幸が裏で動いたというのは説得力があります(だからといって真実とはかぎりませんが)。

解説画像はふたたび年齢一覧です。実年齢がかけ離れた役者が演じていることもあり、みなさんギャップに驚くのかこの投稿もたくさんシェアしていただきました。

第15回「秀吉」

第15回はタイトルどおり、1話かけて秀吉という人物を丁寧に描きます。
個性的な家臣団をまとめる器の大きさ、徳川や上杉といった大名を簡単にあしらう外交力、これまでに登場してきた主要人物を比較対象にすることで、秀吉のすごさを表現しています。

のちに信繁の義理の父となる大谷吉継もこの回から登場です。
三成の不器用さもこの頃から丁寧に描いてますよね。この性格が災いして「関ケ原の戦い」の敗北につながっていくんでしょうけど、いまから楽しみです。

解説画像は2枚です。秀吉の人生グラフもワンパターンだなと思ったので、官位についてまとめました。

第16回「表裏」

信繁は秀吉に気に入られ、馬廻衆に取り上げられます。これはフィクションではなくて、最近の研究で明らかになった事実のようですね。
三谷作品ではおなじみ、近藤芳正さん演じる平野長泰もいい味出してましたよね。

信繁「あの平野様というのは、どういうお方なのですか?」
三成「かの賤ヶ岳の合戦で名を上げた侍が7人おる。加藤清正、福島正則、加藤嘉明、片桐且元、脇坂安治、糟屋武則。そしてもう一人。」
信繁「名前が出てきません」
三成「それがヤツだ」
のやり取りは、歴史好きにはたまらないんじゃないでしょうか。ちなみに長泰は第二次上田合戦に参加してるので、敵味方として登場するかもしれません。

解説画像は1586年(天正14年)当時の勢力図です。

第17回「再会」

秀吉は家康にいったんは真田攻めを許しておきながら、その直後に攻撃の中止を命じました。真田家は家康が本気で忠誠を誓うつもりがあるのかを見極めるためのだしに使われたわけですが、そんな秀吉のすごさを昌幸は「秀吉という男、家康より二枚も三枚も上手と見た」と評価します。
このあと秀吉の手のひらの上で昌幸は何度も翻弄されるわけですが、秀吉と昌幸はひとまわりくらい年齢差があるので老獪さでかなわないのも当然かもしれません。

タイトルの「再会」は上洛した家康と信繁の再会、そして秀吉と家康の再会を指しています。
家康と信繁は武田家滅亡後に信長に臣従しに出向いたとき以来です。秀吉と家康はおよそ10年ぶりということですので、1575年(天正3年)の「長篠の戦い」以来ってことでしょうか(2年前の「小牧・長久手の戦い」はふたりの戦いですが、直接は会ってないので)。

また、信繁はこの回から茶々の警護役となりました。
ここから、ふたりの会話が「大坂の陣」につながる伏線として描かれていきます。

解説画像は賤ヶ岳七本槍のメンバー紹介でした。けっこうネタに困ってました。

第18回「上洛」

ついに昌幸が上洛して、秀吉に臣従します。秀吉は昌幸を大名として取り立てることを約束します。

この回は昌幸の苦悩が描かれた回でした。母であるとりから「嘘でもよいから、頭を下げなさい。強い者に従う。真田はそれで生き延びてきた」と諭され臣従する覚悟を決めたものの、秀吉には拝謁できず、ようやく謁見できたかと思えば「その知略と度胸、豊臣の大名として、これからはわしのために使うてくれ、な」と人たらし全開の言葉にほだされ、その喜びもつかの間、家康の与力として組み入れられてしまいます。

まさに翻弄されまくった昌幸ですから、「源三郎、源次郎、ワシはどこでまちがった?」と弱気になるのもしょうがないですね。
でも昌幸はこれまでも判断ミスすると猛烈に凹んできたので、いつもどおりといえなくもないです。

解説画像はこれまでの昌幸がせまられてきた決断をまとめたチャートです。こういうのは楽しんでいただけるみたいで、めちゃくちゃシェアされましたね。

第19回「恋路」

タイトルの「恋路」の対象は、信繁と茶々ではなく、信幸と稲(小松姫)でもなく、秀吉と茶々でしたというのが振り返っての感想ですが、この回は不幸すぎると笑うしかなくなるという人間の業とか性みたいなものが残酷なまでに描かれていて、だけど最後は秀吉が茶々の救世主に立候補するという話でした。
茶々を側室にするために、正室の寧に相談するというシーンとか、すごくよかったですよね。

茶々と信繁が交わした会話はラストへの伏線として見事すぎますよね。
「おかしな話をします。私と源次郎は不思議な糸で結ばれている気がするのです。そして、私たちは、同じ日に死ぬの」
「......遠い先であることを祈っております」

解説画像は茶々の人生グラフです。

第20回「前兆」

第20回は「古畑任三郎」の三谷さんって感じの回でしたね。
茶々が秀吉の子を解任し、それを揶揄する落書きが見つかったため、その犯人探しを信繁たちがするという話です。この落首事件はじっさいにあったみたいですね。

息抜き回かと思いきや、秀吉がおかしくなりはじめ、タイトルどおり豊臣政権崩壊の前兆が描かれていました。
けっきょく信繁の発案で尾藤道休という僧に罪をなすりつけて落着させるわけですが、その後、忍城攻めでは昌幸の計略で降伏開城させ、千利休を切腹させた際は吉継の提案に乗ったように、三成は自ら卑怯な策を講じることが最後までできなかった男として描かれるんでしょうね。

そしてそんな崩壊寸前の豊臣家を支えているのが寧なんですよね。
最強の母性を持ちながら、自分には子どもがいないという寧の悲しさも「家族」がテーマの『真田丸』らしい一面です。

解説画像は九州征伐についてのまとめでした。

第21回「戦端」

天下統一のために北条を攻め滅ぼす口実を探している秀吉、秀吉に対抗するために協調できる勢力を残しておきたい家康、大戦を起こしてひと儲けしたい利休と、それぞれの思惑が交錯します。
氏政は家康がわざわざ出向いて直接勧告したこともあって、上洛を検討しますが、秀吉に条件を出します。それは沼田を真田から取り上げて北条に引き渡すことでした。

昌幸は当然納得するわけもなく、三成は真田と北条に談判させて秀吉が裁定することを提案しました。
信繁は昌幸に「どうか、ご承知ください! これが新しい時代の戦なのです」と諭していましたが、論戦も合戦であることは第4回の時点で昌幸自身が語っているんですよね。
大坂編では昌幸を時代の変化に抵抗する側の人間として描かれていますが、これは頭では時代の変化を理解しつつも性格として、生き様として乱世を好む戦国武将という設定なんですかね。

解説画像は北条五代についてのまとめでした。

第22回「裁定」

北条からは板部岡江雪斎、徳川からは本多正信、真田からは信繁がそれぞれ名代として出席して「沼田裁定」がはじまりました。セットも洋風で裁判所っぽい感じでしたね。
こうした会話劇は三谷さんの十八番でもあるので、めちゃくちゃおもしろかったです。信繁の「だまし取り、かすめ取り、勝ち取りました!」とか最高でしたよね。

また豊臣秀次がたんなる愚鈍な人間ではないことが描かれたのも印象的でした。
「ずっと気になっていたのだが、『譲り渡す』にせよ、『奪いとる』にせよ、それは沼田城が真田の城であることを、暗に認めていることにはならないか。もともと北条のものであるなら、『取り返す』『奪い返す』というべきである」という指摘は視聴者もうならせるだけの説得力がありました。

「沼田裁定」の結果(裏で三成が昌幸に嘆願したこともあり)、沼田城は北条に引き渡されることになりました。昌幸の機転で名胡桃城は真田領として残すことに成功したものの、北条家の家臣・猪俣邦憲が名胡桃城を攻め落としてしまいます。
秀吉はこれを好機ととらえ北条征伐を決めますが、冒頭の裁判劇から「これより北条を成敗する!」という陣触れまでの一連の流れをまったくムダなく一話にまとめてましたね。

解説画像は沼田問題について。ドラマの中で片桐且元がほとんど同じような資料を用意していて笑っちゃいました。

第23回「攻略」

2週にわたって北条氏の滅亡が描かれます。
ドラマの最初に武田家が滅亡したように、『真田丸』は「家」の存続や滅亡が裏テーマになっていますよね。

高嶋政伸さん演じる氏政は初登場が汁かけ飯を食べるシーンだったこともあり(これはこれで戦国ファンを歓喜させる有名なエピソードからの引用なんですけどね)、お笑い担当かと思いきや、切腹にいたるまでの悲壮感や関東の覇者としての自負などが完璧に表現されていました。
氏政は汁かけ飯のエピソードから暗愚な君主として描かれることが多いですけど、三谷さんはちゃんと氏政を立てて、彼の人生を描かれてましたね。

信繁が使者として小田原城に入るというのはフィクションでしょうけど、「沼田裁定」の話からうまくつながってましたね。あれで江雪斎と正信から認められたからというのはうまいなと思いました。
あと忍城攻めですよね。ツイッターなどでは「のぼうの城」の話題がたくさん流れてましたが、昌幸も在陣していたのでナレーションで飛ばすわけにもいかず(逆に「のぼうの城」では昌幸はいっさい出てきません)、三成としては苦しいシーンでした。

解説画像は小田原征伐についてまとめた2枚です。画像を2枚添付してみたらどうなるかなあと思って試してみましたが、だからといってたくさんシェアされるわけもなく。

放送終了後に投稿した、1枚だけにしたほうがシェアしていただきました。牛鍋パーティのくだりが響いたんでしょうね。

第24回「滅亡」

前回の最後に義兄である小山田茂誠が再登場しました。高木渉さん、ほんと最高ですよね。
信繁は茂誠に助けられ、なんとか氏政と対面します。

「......引き際をどうか、お考えください。徳川も上杉も真田も、皆、己の道に折り合いをつけ、生き残ってまいりました」
「教えてくれ、そこまでして人は、生きねばならぬのか」
「ご隠居様がここで意地を張れば、小田原の城は攻め崩され、多くの者が死にます。死なずともよいのに死なねばならぬ者たちを、救うためでございます。ご隠居様にも、折り合いをつけていただきとう存じます」
というふたりのやり取りは、大坂の陣で死なずともよいはずの者たちとともに死んでいった信繁のラストへの伏線でもありますね。

歴史物のむずかしいところは視聴者が現代の価値観で見て評価してしまう点にあるわけですが、『真田丸』はここまで戦国時代の価値観をかなり大事に描いているように思います。
死にたくないから人を殺す、今日生きるために他人のものを奪うことがあたり前のこととしておこなわれていた時代を、現代の価値観で否定するのはちがうと思うんですよね。

忍城攻めで苦労していた三成を救ったのは昌幸の知略でした。
忍城が無事開城して三成は昌幸に戦について教えを請いたいと申し出ましたが、このときに生まれた関係が「関ケ原の戦い」で昌幸が西軍につくシーンにつながるんでしょうか。

そしてこの回はラストの伊達政宗の「おめでとう!」ですね。最高の笑いで締めくくられます。ずんだ餅。
「伊達に賭ける」といってすぐに失望する昌幸もおかしかったし、秀吉が昌幸に徳川の与力の立場を解消してやると伝えた際の、昌幸と家康ふたりの反応もおもしろかったですよね。

最後に有働アナのナレーションで「関ヶ原の戦いまで、あと10年」とありましたが、『真田丸』って先がわかってても楽しめるどころか、先を知っているほうがより楽しめるドラマなんだよなあ。そこがすごい。

解説画像は北条滅亡後の東国の大名配置です。こういう地図系はつくるのが簡単なのです。

第25回「別離」

ようやくたどり着きました。前半戦のラストは利休の死です。
この回では「別離」のタイトルどおり、利休、鶴松、そして秀長が世を去ります。将来が気がかりでならない秀長が最後に訴えた「力のある大名たちが、皆で、鶴松様をお守りしていく、それしかありません」という言葉は、のちの五大老への伏線ですね。

当初は堺の屋敷に蟄居させるだけのはずが、吉継が勝手に切腹を命じたという展開はびっくりしました。
まもなく吉継は信繁の義父となるので、清濁併せ呑む人間として描くんだなと。それにしても昌幸と吉継というふたりの父親が両方とも「目的のためには手段を選ばない」系というのは、大河ドラマの主人公の境遇として珍しいかもしれません。

解説画像は利休が切腹を命じられた理由の一覧です。『真田丸』では表向きの理由としては従来の大徳寺の木像の件などを出していましたが、真の理由として商人である利休が敵である北条にも武器を売っていたという設定で、これは見事でしたね。
そして木像の件に茶々がかかわっていたという設定も予想外ですごいなあと思いました。

ようやくこれで前半戦は終了です。
いやー、今回この振り返りを書くために公式ガイドブックのあらすじを読み返しましたがめちゃくちゃ楽しいですね。

これから起きること

ドラマは今週から後半戦。
悲劇のラストに向けて、どんなイベントが待っているのでしょうか。主だったイベントをおさらいしておきましょう。

唐入り(朝鮮出兵)

秀吉は肥前に名護屋城を築かせて朝鮮に攻め込みます。
二度にわたって出兵しますが、結果はご存知のとおりなんの成果もなく引き上げることになりました。
なお信繁はじめ真田家は渡海しませんので、ここも朝鮮側の状況はナレーションで、名護屋城でのやり取りが描かれるんでしょうね。

信繁の結婚

信繁は吉継の娘と結婚します。
時期はだいたい1590年(天正18年)〜1594年(文禄3年)頃といわれていますが、すでにドラマでは1591年(天正19年)になっているので、あと数回のうちでしょうね。
ちなみに奥さんになる春(竹林院)は松岡茉優さんが演じます。

そうそう、信繁は秀次の娘も側室に迎えているのですが、このあたりのなれそめも気になりますね。

関ケ原の戦い

1600年(慶長5年)に起きた日本を東西にわけた合戦です。
この戦いの前哨戦として、第二次上田合戦がおこなわれました。昌幸と信繁は上田城で徳川秀忠率いる3万8000の軍勢を撃退しました。これもきっと痛快に描かれるんでしょうね。
なお、これに先立って真田家はふたつにわかれます。信幸は妻が本多忠勝の娘であるため東軍につくことになりますが、この家族会議「犬伏の別れ」のシーンも楽しみです。

蟄居生活

西軍についた信繁と昌幸は、高野山のふもと九度山で蟄居させられます。
家康は死罪にしたかったようですが、信幸と忠勝の取り成しで九度山への配流にとどめてもらいました。このやり取りも「沼田裁定」のときみたいな会話劇で描かれそうですね。
なお蟄居生活は14年にもわたるので、どのくらい細かくやるんでしょうね。

大助誕生

蟄居生活中に信繁の嫡男、真田幸昌が誕生します。一般には「大助」と呼ばれているのですが、『真田丸』ではどちらの名前で登場するんでしょうね。
ちなみに大助は「大坂の陣」で豊臣秀頼や淀殿(茶々)とともに死んでいます。

昌幸の死去

1611年(慶長16年)に昌幸は九度山にて死去します。
昌幸の最後はどんなシーンになるんでしょうね。泣いちゃいそうです。

九度山脱出

1614年(慶長19年)、「方広寺鐘銘事件」という歴史上もっともひどいともいえるような難癖でもって徳川と豊臣の関係が悪化すると、信繁のもとにも呼びかけがあります。
信繁は秀頼からの依頼に応えて、九度山を脱出して大坂城に入城するのですが、この脱出劇はドラマとしてもおもしろくなりそうです。タイトルは「脱出」だろうな。

大坂の陣(冬の陣)

いわゆる「真田丸の戦い」がおこなわれたのが、この大坂冬の陣です。
信尹が徳川方の使者として信繁のもとに派遣されているので、このふたりのやり取りは必ず出てくるでしょうね。
講和の条件として外堀を埋めるというのがあり、それを徳川方が約束を守らずすべての堀を埋めたとされますが、このへんの強引でむちゃくちゃなやり取りはコメディにもシリアスにも描けそうですね。

大坂の陣(夏の陣)

そして信繁の最後の戦いです。
オープニングに出てくる赤備えで突進するのはおそらく茶臼山から家康の本陣めがけて突撃するシーンをイメージしたものだと思われますが、家康が切腹を覚悟したとされるこの戦いは確実に名シーンになるでしょう。

また、これに先立つ「道明寺の戦い」では伊達軍と戦っていて、信繁は三女・阿梅を先鋒の片倉重長に保護してもらっているので、このへんのやり取りも注目です。

信繁の最後はどうするんでしょうね。
信繁を発見した西尾宗次に「わしの首を手柄にされよ」と話すのか、西尾は相手を知らずに討ち取ってあとから信繁の首だと判明したという説を採用するのか。まあドラマ的には前者でしょうけど、三谷さんの脚本なのでどちらでもないラストシーンも十分考えられます。

ということで、『真田丸』前半振り返りと今後の主なイベントまとめでした。
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