東京での開催ということもあり、ぼくのように諦めていた方も多いと思いますが、少しでも会場の雰囲気と現地で得られる知識をシェアしていただきましょう。
板橋区立美術館の館蔵品展「狩野派学習帳 今こそ江戸絵画の正統に学ぼう」に行ってきました。
私はお城好きから派生して、障壁画や狩野派にすっかり魅了されてしまい、いくつか本を買い揃えました。
なかでもアートビギナーズコレクション「もっと知りたい狩野派」(東京美術)は、私にとっていちばんの教科書。この本の著者は元・板橋区立美術館館長で、「板橋区立美術館蔵」の狩野派作品を紹介していることもあって、以前からこの美術館は気になる存在でした。それに美術館横の高台は「赤塚城址」ですしね。
事前に確認したホームページにはコロナウイルス対策として、マスク着用・グループでの閲覧不可・場合により入場制限ありと注意事項が書かれていて、行ったはいいけど入場制限されていたらどうしようと思いながら訪ねましたが、私が行った平日の午後は、来場者は10人前後で「密」ではなく、ぶじ入館できました。
江戸狩野派の絵師を中心に、33作品が展示
美術館は4つの展示室にわかれており、狩野家始祖・正信やその息子・元信の作品をはじめ、探幽や弟の尚信、安信ほか、江戸狩野派の絵師17名の作品が展示されています。しかも入場無料、写真撮影OKです。
ユニークな解説で、絵師ひとり一人の個性が浮かび上がる
「江戸狩野派」とは、徳川幕府に仕えるため、京都から江戸へ活動の拠点を移した探幽以降の狩野家の一派を指します。
江戸狩野派の系図を見ると、横にも下にも拡がって繁栄ぶりがわかります。反面、名前がほぼ全員「信」が付く2文字で、探幽3兄弟まではなんとか覚えられるものの(ちなみに探幽も「守信」という名前です)、2代目以降はもうほとんど区別がつかない状態。
それでも、このうち何人かの絵師はちゃんと覚えたいなと思っていました。今回の館蔵品展は、そんな狩野派初心者の心理を十分理解していると思われる学芸員が、ユニークな解説見出しで絵師一人一人の個性を浮き立たせてくれました。
どんなふうに紹介されていたのかというと、こんな感じです。
『尚信先輩、リスペクト!』 狩野栄信「山水図屏風」
この絵は、木挽町家8代目・栄信(ながのぶ)の「山水図屏風」の右隻です。雪山の楼閣へ向かう文人を描いています。湿潤な筆致と余白を効果的に使って画面を構成する技術は、(木挽町家初代)尚信の「富士見西行・大原御幸図屏風」にも通ずる、と解説がありました。
その尚信の「富士見西行・大原御幸図屏風」の作品(右隻)がこちらです。
見比べると、人物の配置など細部に渡って構図が似ていて、確かに尚信に憧れて倣って描いたのかも、と想像が膨らみます。
一方、私の勝手な想像も。もしかしたら、注文主から「○○家の屋敷にある、尚信が描いた屏風と同じようなものを」との依頼を受けて描いた可能性もなくはないかなぁと。注文主の意向を確実に汲み取って期待通りの作品を作り上げることができるのも、狩野派の強みでもありますから。
『さすが模写魔の養信さん』 狩野養信「唐画帖」
養信(おさのぶ)は先の栄信の長男です。中国絵画の模写を画帖に仕立てた「唐絵手鏡」(東京国立博物館蔵)の一部を模写したもので、なんと、原画にあるメモまでそのまま書き写しているそうです。徹底して書き写すその情熱に、学習熱心な、まじめな人柄を想像してしまいました。
そして、模写をし尽くしたどり着いた画力が、この作品です。
『絵の勉強 頑張りました』 狩野養信「鷹狩図屏風」
先の唐画帖の流れからこの絵を見ると、「養信、本当に頑張ったね」と親しみを感じてしまいます。
狩野派が元信以来課題としていたやまと絵と漢画の融合を実現させたのは、この養信だそうです。偉大な業績を残した絵師だったのですね。
絵師の個性を知ることで、絵画の魅力はさらに深まる
この他にも、
- 『漢画、大和絵、蒔絵、そして浮世絵!?』 狩野章信「美人図」
- 『まじめな常信の近寄りがたい西王母』 狩野常信「西王母図」
など、絵師ひとり一人をもっと知りたいと思わせてくれる紹介がされています。
このように、絵と絵師、あるいは絵師を取り巻く狩野派内部の関係性などに思いを馳せ、想像が広がるという絵画展は初めてでした。少なくとも数人の絵師の名前はしっかり覚えることができたと思います。
館蔵品展「狩野派学習帳 今こそ江戸絵画の正統に学ぼう」は8月10日まで開催しています。行かれる際は、美術館のホームページで新たなお知らせなどをチェックしてからお出かけください。