隆慶一郎、という小説家をご存知でしょうか。亡くなったのが1989年で、小説家として活動したのがその前のわずか五年ほどでしたが読者に強烈な印象を残した方です。彼はその5年で数々の名作をこの世に残していきました。それは戦国時代から江戸時代にかけての時期を舞台にした、生き生きとした男たちのドラマであったのです。
『影武者徳川家康』や『死ぬことと見つけたり』といった代表作の名前なら知っている、という人も多いかもしれません。あるいは「週刊少年ジャンプ」に連載されていた原哲夫の『花の慶次 雲の彼方に』ならどうでしょう。実はあの作品、隆慶一郎の『一夢庵風流記』という小説が原作なんです。
このような傑作を残した隆慶一郎はどんな人であったのか。実はもともとは映画やテレビの脚本家でした。本名・池田一朗では時代劇を中心として活躍した脚本家として今でも名を知られています。今村昌平の映画『にあんちゃん』や、テレビドラマ『鬼平犯科帳』などが脚本における代表作として知られます。
さて、ここで「隆慶一郎作品の特徴・魅力」を二つ紹介します。個性的で、時に野生的な、生き生きとしたキャラクターは紹介しましたので、それ以外の点です。
一つは、「伝奇(あるいは碑史)」の書き手である、ということです。隆慶一郎作品は多くの場合、私たちの知る歴史に沿って描かれます。公式な記録と食い違うことは基本的にありません。しかし、単に歴史をなぞるだけでもありません。「歴史に書かれているこの事件の真相はこうだったんだよ」「この出来事の裏ではこんな事件があったんだよ。そうすると納得がいかない?」と、公式の歴史に沿う形でもう一つの、実にドラマチックな歴史を描いて見せるのです。この「もう一つの歴史」の作り方が非常にうまいので、多くの読者が惹きつけられました。
もう一つは、「道々の輩」と呼ばれる人々に着目した作品が非常に多いことが挙げられます。これは当時注目されていた網野善彦という歴史学者の研究をベースにしたもので、定住せず独自の技術を用いた職人仕事や仲間内のネットワークによって生き抜いた漂白の民たちのことを指しています。彼らは支配者や定住民たちの支配を嫌い、自由に生きることを望みました。その生き様から溢れるエネルギーに隆慶一郎は、そして読者たちは憧れたのでしょう。
本連載では隆慶一郎が残してくれた作品群について、代表的なものを中心に紹介します。
みなさんがこの不世出の作家に興味を持ち、触れるきっかけになれば幸いです。