武将印集めを楽しんでらっしゃる方へのインタビュー企画です。
今回は、先日公開した全国の武将印リストの作成にご協力いただいた、takubomayさんに武将印コレクターとなった経緯などを伺いました。
(今回はメールインタビューです)
こちらは、毛利家に関する城・博物館で発売されている武将印を集めながら各地を回るもので、丁度、御城印も集めていたので、これは何かのご縁と御城印を集めつつ、毛利家の武将印を購入したのがきっかけとなりました!
御城印と違って武将印という言葉が、まだ身近ではなかった時に始めたとも言えます。
私の知る限り全国で170枚にもおよぶ武将印が発売されていますので、全体の約6割を保持しています!実はこの武将印のほとんどは今年手に入れたものばかりです!
私の持っている武将印の中で、いちばんのお気に入りは、なんと言っても先程ご紹介した家紋スタンプラリーの制覇者のうち、抽選で50人だけが手に入れることができた毛利元就公の武将印です。
私は運良く手に入れる事ができました!
中央には元就氏の花押、右側には家紋である「一文字に三ツ星」があり、まさに武将印を象徴するような1枚であると言えます。
ちなみに、今でも販売されている武将印で一番のお気に入りは戦国魂で取り扱われている真田幸村(信繁)の武将印です。
幸村を象徴する赤い紙(赤備え)に中央には三途の川の渡し賃とも言われた「六文銭」の家紋、「日本一の兵」と呼ばれた異名に「兵」の文字!極め付けは御歌頭さんが墨絵で書かれた真田幸村がもうたまりません!
御城印は、その地域(基本は1種類)でしか発売されませんが、武将印は同じ武将でも各地で販売されています!
例えば、真田信繁(幸村)の武将印は信州上田、上州沼田で販売されていますが、それ以外にも紀州九度山(和歌山県)でも販売されています。紀州九度山は関ヶ原で敗れた真田昌幸、信繁(幸村)親子が、流罪になった地で、ここから15年間という月日を信繁(幸村)が過ごし、その名を轟かせた大阪の陣へ出陣することになるのです!
他にも、毛利元就は自分の子供(次男、三男)を両川家(吉川、小早川)に嫁がせてその勢力を盤石のものとしました。武将印と御城印を組み合わせて地図を作製すると、どう支配していたかもわかります!
まずはその中でお気に入りの武将印を探してみるのは如何でしょうか?
地元で販売されている武将印や、時節柄、今なら通信販売をしているのでお気に入りのものが見つかるかもしれません。
是非、お気に入りの1枚から集めてみて下さい。
この記事が武将印を手にするきっかけになりましたら、これほど嬉しいものはありません!
どうも、ありがとう御座いました。
お話を伺ってみての感想
前回の記事では広く一般に武将印というものの解説とその魅力を伝えていただくようお願いしたので、takubomayさん自身の個人的なエピソードは割愛せざるをえませんでした。でもぼくは個人の思い入れを聞いてこそ、趣味の世界は楽しめると考えているので、こうしてインタビューにご協力いただけたことをとても感謝しています。
武将印の数もあっという間に三桁を超えており、まだまだ増加中のようですが、takubomayさんがおっしゃるように複数の場所が戦国武将でつながるというのは素敵なことですね。
真田幸村が沼田に関係したのかはさておき、上田・九度山だけでなく、人質として過ごした春日山や大坂でも発行できるでしょうし、ぼくらが「織田信長ゆかりの城めぐり」としてバッジ化しているように、ひとりの武将の足跡をたどるように武将印集めの旅をするのは楽しいと思います。
(なので縁もゆかりもない場所で販売するのは個人的にはどうかなと思うんですが、それはそれでコレクターのみなさん的にはアリなのかな)
長年お城めぐりをしていると現地で購入できるお土産が少ないのが難点でしたが、御城印そして武将印と出てきたことで、お城を守ってくださっている地元の方々に少しでも貢献できるのはほんとにいいことです。
武将印は現地にいかなくても通販で購入できるものも多いようですが、できればこれを旅のきっかけにしてもらえたらうれしいです。そして地元の方とひとことでもふたことでも話をしてみてくださいね。
今回お話を伺ったtakubomayさんのツイッターはこちらです。
文中でも紹介された全国の武将印リストはこちら。