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【「籠城」から学ぶ逆境のしのぎ方】本城の場所は「四神相応」であるべき?

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居城の場所を選ぶにあたっては、中国から伝わった「四神相応(しじんそうおう)」という思想が重視された。ここでいう四神とは、四つの方角を守護し、各地形に対応する中国の神々のこと。
東は流水(川や海など)に対応する青龍(せいりゅう)、西は道に対応する白虎(びゃっこ)、北は高い山に対応する玄武(げんぶ。蛇と亀を合わせた姿)、南は窪地(池や湿地など)に対応する朱雀(すざく)という神がそれぞれ存在し、彼らが司る地形で四方を囲まれている場所は都として大変向いている、という考え方が四神相応の基本だ。

日本の都や政権の中心地の多くはこの考え方に基づいて場所が選ばれている。
平安京をはじめとする近畿の都がそうだし、最初に武士政権が築かれた鎌倉、徳川家康が幕府を開いた江戸、さらには大名たちのほとんども自らの居城を「高山と低地と流水に囲まれた場所」という四神相応に準じる場所に築いている。
これは一見、現実的でない神秘主義のように思えるかもしれない。しかし、それだけともいえない部分があるのも一面の事実だ。

川なり海なりといった水があれば人の移動にも、ものの流れにも便利だし(各地に軍団を派遣するのにも有利!)、道もそれに同じだ。背後に山を抱えていれば外敵の進路を制限できるし、詰の城を築くこともできる。
長年蓄積された経験と知識が、四神という形をとって表現されているのだ、と考えるべきだろう。

実際、水は大事なのだ。
川や湖、海などに面してこれを利用する形で築かれた城は、しばしば「水城(海城)」と呼ばれる。その水を引き込むことで簡単に水堀を用意することが可能で、また水によって守られた方向は攻めるのが難しかったので、守りやすかったとされる。
防御面だけでなく、統治や流通という面でも、水に面していれば移動がしやすく、かつ人が集まって栄えやすい、というのも繰り返しておきたい。

同種の存在として、主に瀬戸内海の水軍(海賊)が築いた「水軍城(海賊城)」がある。これは海に面した半島に築いたり、小島をひとつの城に仕立ててしまったり、といったものである。ここを拠点に、彼らは海を荒らしまわったわけだ。
川や海に面していない山城の場合でも、水は非常に重要だ。人が生活するためには飲料水が絶対的に必要だからである。日常的な居住空間として使うにしても、非常時に籠城するにしても、水が確保できなければ話にならない。

このような「水手」(飲料水)の問題も、城作りにおける重要ポイントである。
井戸や貯水池のある区画は「井戸曲輪(水手曲輪)」と呼ばれ、厳重に守られた。籠城側としてはこれを守りきらなければいけないし、攻城側はここを破壊したり汚染したりできればかなり勝ちに近づく。それだけ重要なだけに、そもそも場所選びの時点から水手の問題は重視されたであろうことは想像に難くない。

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