狸親父

狸親父(たぬきおやじ)さん 太閤 サポーター   フォロー

1949年10月、現在の新潟県新発田市生、東京育ち。仕事で全国を転々とし、現在は東京在住。定年退職後は仕事をせず、古道や旧街道を歩いて、小さな知らない町を彷徨し、城跡のほか、神社、仏閣、古墳など手当たり次第に見学しています。車の運転をしない(免許返納済)ので、原則として公共交通機関と徒歩で攻城を続けています(乗り鉄です)。古稀を過ぎてから体力の衰えを痛感して城ツアーに参加することも多くなりました。容易に攻城可能な未攻城の城が少なくなってきましたが、健康に留意して、体力の続く限り多くの城を攻城したいと考えています。(2021.10.30記)

狸親父さんが過去に回答した読者投稿欄のお題

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学生時代から、歴史に興味があり、各地の神社仏閣や城などを訪問していました。
当初は、天守のある近世城郭を中心に登城していましたが、100名城のスタンプラリーに参加し、岩村城や小谷城などの山城を攻城するうち、その魅力にはまってしまいました。

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天守閣や石垣などの遺構がなくても、その城に行きたいと思い始めたとき。とくに戦国時代初期に造られた山城。

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杵築城下が印象に残りました。全国でただ一カ所のサンドイッチ型城下町です。規模は大きくありませんが、町並みがよく残り城下町の雰囲気を醸し出しています。実際に歩いて、サンドイッチ型を体感してください。

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虎御前山城。7月24日朝、虎姫駅から歩き始め、矢合神社の脇から攻城。途中田圃アートなどを見て、信長の諸将の陣屋跡を確認し、小谷城を眼下に見ながら歩きました。小谷城の戦いに思いを馳せ、汗をかいての最後の下りはきつかったですが、心地よい疲れが残りました。

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未攻城の続100名城を中心に攻城したいと思っています。100名城は、選定当時に既に56城攻城していたのですがすべて再攻城し、城郭協会から登城達成を認定してもらいました。しかし、続100名城は、選定当時既に66城攻城しており、年齢的にもすべての再攻城は無理なので、スタンプにこだわらず、攻城する方針です。昨年選定後も、鎌刃城など5城を新たに攻城し、今年も2月に基肄城、鞠智城を、4月に秋田城、脇本城、浪岡城を攻城する予定です。

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特に何処というわけではないのですが、交通の不便な城を巡るツアーがあればと思います。私は車の運転をしないので、鉄道の駅から遠く、バスもほとんどないような城は攻城に苦慮しています。たとえば、玄蕃尾城は、公共交通機関を利用して攻城するのはかなり困難のように見えます。近くの鉄道の駅に集合し、そこからバスを出してもらえば攻城ができますし、また、周辺の賤ヶ岳関連の遺構を巡ることができそうです。

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すべて攻城した者として、「いちばん」を決めるのは難しいのですが、印象的な出会いをしたという点で、丸亀城をあげたいと思います。予讃線の車窓から、遠くの小高い山の上に、ぽつんと小さな城が見えました。やや甘く見て、丸亀駅から歩いて攻城すると、予想外に石垣が高く、なかなか天守にたどり着きませんでした。そして本丸に着いたとき、天守と本丸敷地のアンバランスに驚かされました。天守から見た丸亀市も印象に残る町並みでした。

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東京在住の者としては、規模や歴史を考えると江戸城をあげるしかないと思います。櫓、門、見付などを確認するだけでも、相当な時間を要します。天守台などかなりの範囲で公開していただけるのは感謝。何度か攻城をしていますが、すべてを見たとは到底いえません。ただ、非公開となっている部分に遺構はあるのだろうかなどと思いを巡らせています。

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いつ、どの城で購入したのか記憶がないのですが、「徳川幕府諸侯格式一覧表」です。
幕末の大名の石高・家格、明治後の華族の格などが番付のように書かれていて、ときどき眺めて参考にしています。数100円で購入したと思います。

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在職中、「理想の上司」とは、「大筋の方針だけを示し、あとは部下に一任して自由に仕事をさせ、失敗の責任は自分が取るという姿勢を示して部下を育て、この上司のためならがんばろうという気持ちをもたせる人物」だと考えていました(自分ができたかと言われれば、内心忸怩たるものがありますが)。その観点から戦国武将を考えると、豊臣秀吉をあげたいと思います。他の武将と違い、彼には譜代の家臣がいないため、石田三成や加藤清正などを優秀な武将に育て上げ、彼らに豊臣恩顧の気持ちを持たせた点が私の定義に当てはまると思います。

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自動車を使わず城歩きをしているので、城址の近くに資料館等があれば必ず入場しています。時には城に関する資料が全く展示されていないこともありますが、その土地を知る上で有益だと思います。攻城団に入団後、城攻めをするときは、事前に攻城団にアクセスして近くに資料館等がないかをチェックしてから出かけます。最近は、物集女城(城の紹介文で近くの公民館に資料があることを知った)や松尾城(ひよどり下総守さんの攻城メモにより図書館に資料があることを知った)で貴重な資料を入手できました。私もこうした有益な情報を得たら必ず攻城メモに残すようにしています。お題に直接答えられず、申し訳ありません。

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徒歩で城攻めをしているので、城下の狭い小路などを散策しています。その中には見落とされている城の資料や案内板を発見することがあり、それを撮影して皆さんに知らせることを心がけています。

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その城の歴史的意義、遺構の規模、保存状態等を総合的に考慮して判定しています。しかし、この基準だと天守のある近世城郭が有利になってしまいました。吉野ヶ里と姫路城を比較して点数を付けるのは無理があります。

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一番の魅力は、攻城団が団員の多様性を尊重する一方、団員同士が不快な思いをしないように細かく配慮していることです。そのため、気持ちよく攻城団活動?を続けることができます。また、団員総会やガイドツアーなど団員相互の親睦を図る機会を提供していることにも感謝しています。城廻りは、どちらかといえばマイナーな趣味で、私の近くに同好の士がいないので、こうした機会に城について思いっきり話すことができます。そして、次々に新しいアイディアを実施していることにも感嘆しています。加えて、攻城団に対し、質問や意見を送るとすぐに適切な回答が返ってくることも攻城団と団員の結びつきを深めています。こうしたことから、すっかり攻城団のファンになり、いまでは、毎日攻城団にアクセスし、城に関する情報を入手しつつ、団長公記を読むことが日課になっています。攻城団が永遠に存続することを願っています。

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本能寺の変は、明智光秀が織田信長を討ち取った事件であることは疑問の余地はありません。「真犯人」という題は要するに、黒幕ないし共犯者がいたのか、いたとすれば誰かということですよね。いろいろと妄想(失礼!)を巡らすのは楽しいことですが、私は単独犯だと考えます。最近読んだ呉座勇一著「陰謀の日本中世史」(角川新書)第6章「本能寺の変に黒幕はいたか」に書いてあるとおり、光秀の才覚だと思います。

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100名城と続100名城に選定されなかった城から選んでみました。
1 田原城 堀や石垣が残っています。資料館も城の雰囲気があります。渡辺崋山が家老         をしていた藩で、城下町散策もお勧めです。
2 大給城 松平氏発祥の地とされる城です。交通不便な山城ですが、そのため縄張りがよ        く保存されています。 
3 足助城 城跡がよく整備されていて、楽しめます。城下町や香嵐渓も楽しめます。

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城めぐりを始めたころは、天守等の建物に注目していましたが、次第に、石垣や土塁に興味を持つようになりました。いまでは、築城された当時の歴史的背景、周辺の城郭の存在、地形、街道の状況を調べて、なぜ、この城が築城されたのかを考えながら、攻城しています。

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「おたぐり」。馬のもつ煮込みです。
2013.08.10に高遠城を攻城した際、宿泊した伊那の駅前近くで食べました。牛もつと似ていますが、油分が少なく、ややあっさりしています。馬刺と一緒に、ビールのつまみとして最高です。B級グルメですが、酒飲みにはお勧めです。

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ほとんどの場合、一人で攻城します。極寒の冬、酷暑の夏でも重いリュックを背負って、わずかばかりの遺構と城趾碑を求めてひたすら歩き、あるいは、熊・猪に怯え、蛇や虫に悩まされつつ、藪こぎをしながら、名もなき山城の本郭を目指してひたすら登り、到着後におにぎりを食べるときが至福、という攻城スタイルに付き合ってくれる人が身近にいないからです。
もっとも、年に数回は、高校時代の友人達と、あるいは家族旅行で攻城することもあります。これらの場合は、メジャーな城を中心に、付近の観光地を組み合わせ、ゆったりとした日程を組みます。また、公共交通機関では攻城しにくいところは、旅行会社の城ツアーにも参加します。この場合は20人前後でしょうか。

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城廻りをしていると、あちこちで武将の銅像を見ることができます。それぞれ趣があり、特にお気に入りはないのですが、今年7月に鹿児島の城を攻城した際に、初めて見て感動した二つの像を紹介したいと思います。
○島津義弘像。一宇治城を攻城するため下車した伊集院駅前にありました。騎馬像で、ナポレオンのアルプス越えの絵画と似たポーズで迫力があります。恥ずかしながら、このような像があると知らなかったのでよけい感動しました。
○秀吉と義久の和睦の像。近くに城はありませんが、薩摩川内市の泰平寺にありました。ここは、秀吉の島津攻めの本営があった寺です。剃髪した義久が秀吉に頭を下げる場面を再現したもので、二人ともいい表情をしていました。

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今年も、月1回2、3泊程度の遠征と関東中心に日帰りで月2回程度攻城する計画です。
現在決定しているのは、1月の沖縄(グスクを巡るツアーに参加)、2月の佐賀(福岡での用事をすませて)、3月の三重(ツアーに参加)の3回です。基本的には続100名城を中心にできるだけ多くの城を攻めたいと考えています。昨年も続100名城を攻める目標を立てて、新たに16城を攻城し(再攻城を含めれば47城)、残りは13城になりました(スタンプは揃ってはいませんが)。しかし、未攻城は北海道や離島を含め交通不便なところが多く、簡単ではありません。また、地元の東京都の攻城数がこれまで54と残り8となったので、今年中の完全攻城を目指しています。なお、隠岐の国府尾城を攻城したら旧国すべての攻城となるのですが、今年は難しそうです。

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高知県は、高知城、岡豊城、安芸城、朝倉城の4城(他に未登録の田辺島城)しか攻城していません。高知城、岡豊城は当確ですが、あと1城をどうするかです。
未攻城の城では、団員の評価の高い姫野々城や吉良城、歴史的意義のある浦戸城、模擬天守のある中村城などが候補にあがりますが、決め手に欠けます。
やはり、私は、攻城済みの朝倉城を推したいと思います。団員の評価も比較的高く、中規模な山城ですが、縄張りが比較的よく保存されており、散策が楽しめます。

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三重県は、これまでに17城を攻城しましたが、その中で、候補になるのは、100名城と続100名城の6城に加えて、桑名城、鳥羽城、亀山城、神戸城の計10城です。それぞれ、見所のある城ですが、「初心者でも楽しめそうな」という観点から選びたい思います。そこで、①天守(復興や模擬も含む)、石垣や櫓等の遺構がある、②公共交通機関でも行きやすい、③城下町散策も楽しめる、ことをその基準としました。そうすると、まず、伊賀上野城が該当します。模擬とはいえ、趣のある木造天守や立派な石垣があり、芭蕉関係の城下町も忍者一色で楽しめます。次は、桑名城を挙げます。櫓が復元されているだけですが、城跡がきれいな公園になっており散策が楽しめます。本多忠勝像も一見の価値があり、焼き蛤が名物の城下町もかつての雰囲気を残しています。最後は、迷いましたが亀山城とします。多聞櫓があり、縄張りもよく保存されています。資料館もあり、城下町散策も楽しめます。松阪城は、城下町がよく残り、石垣は立派ですが、これといった建物がなく初心者には物足りないかもしれません。赤木城は、山の中にあり、攻城するには困難です。その他の城も、それぞれに素晴らしい城ですが、初心者が楽しめる城というには、やや難点があります。

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今回も「初心者でも楽しめそうなお城」という観点から選んで見ました。まず、山形城は文句ないと思います。復元された東大手門があるだけで、他にこれといった遺構はありませんが、規模が大きくて圧倒されます。有名な最上義光の騎馬像も一見の価値はあります。山形は空襲を受けていないので、城下町散策も楽しめます。次は、長谷堂城です。山城ですが、道はよく整備されており、規模もそれほど大きくないので、初心者でも攻城しやすいと思います。舘山城も素晴らしい山城ですが、有名な戦いがあったということで、長谷堂城を選びました。他にも攻城団員の評価の高い畑谷城や延沢城もありますが、私が攻城していないので選外としました。問題は3番目ですが、上山城を選びました。続100名城に選定されている鶴ヶ岡城と米沢城は、大きな神社という雰囲気で、城という実感がなかなか沸きません。これに対し、上山城は模擬とはいえ、立派な天守があり、初心者にも受け入れやすいと思います。私も、天守のある城廻りからスタート(現存、復興、模擬の区別さえ知りませんでした)しました。

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検索機能の中にある「より多くの城を見る」機能です。攻城計画を立てるときに、周辺の城が表示されるので効率的に城廻りができます。攻城済みと未攻城の城がわかるし、事前に行きたい城に登録しておけば、別の色で表示されるのでより便利です。

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今回も、攻城した中から初心者にお勧めの城を選んでみました。
①二条城は選考理由を述べるまでもありません。②福知山城も天守があり、交通の便もよく初心者も十分楽しめます。石垣の石仏を探して築城当時の情勢に想いを馳せることもできます。③少し迷いましたが、周山城を選びました。初心者には、ややきつい登りがありますが、山城の楽しさを感じることができます。選外になりましたが、勝竜寺城、山崎城、舞鶴城、園部城もお勧めです。、

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調べて見ると、愛媛県の登録城数は28、私は100名城5城・続100名城2城に加え、西条陣屋と川之江城の9城を攻城していました。今回も、私が攻城した城の中から初心者にもお勧めできるという見地から選んでみました。まず、松山城は現存天守があり、他の建物も復元されて城郭の形がよく残っており選定するのに異論はないと思います。次に今治城を挙げます。天守は模擬ですが美しく、日本三大海城だけあって海城の様子がよくわかります。3番目が難しいところですが、やはり、山城を一つ入れたいので河後森城を挙げたいとおもいます。交通は不便ですが、よく整備されているので迷うことはありません。このほか、現存天守の宇和島城、古い形の城郭跡の湯築城、木造で忠実に復元された大洲城、村上水軍の拠点能島城などどれも楽しめます。、

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佐賀県は100名城と続100名城を合わせて5城選定されていますが、弥生時代の吉野ヶ里と朝鮮式山城の基肄城は、初心者にも楽しめそうな城という観点からするとやや弱い気がします。鍋島藩の拠点で立派な本丸御殿が復元された佐賀城と模擬とはいえ美しい天守を持つ唐津城は、文句なく当選です。もう一つは、山城を考えましたが、団員の評価の高い、獅子ケ城と岸岳城には攻城していないので選定外(単なるポリシーです)としました。そうすると、初心者向きとは言いにくいのですが、歴史的意義の大きい名護屋城を3番目に挙げたいと思います。なお、選外にはなりましたが、攻城しやすいという観点からすると、小城陣屋、鹿島城、整備された小さな山城の池田城もお勧めです。

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調べてみると、2019年末現在、獲得バッジは49,未獲得は12でした。そこで、今年の攻城計画をバッジ獲得の観点から考えてみました。続100名城は、昨年、有子山城と高嶺城を含め10城攻城(再攻城は22城)し、残りは上ノ国勝山館、玄蕃尾城、金田城、福江城、原城の5城になりました。2月に福江城と原城を攻城する予定ですが、他は全く未定です。できるだけ早くバッジ獲得すべく計画中です。武将シリーズは豊臣秀吉(未攻城は、墨俣城と横山城)、明智光秀(明智城と金山城)、藤堂高虎(甘崎城)、伊達政宗(小浜城)が未獲得です。このうち、藤堂高虎以外は何とか今年中の獲得を目指しています。常陸太田城を残す関東七名城は水戸城大手門の見学とセットで早い時期に攻城する予定です。また都道府県バッジの中で唯一未獲得の高知県(中村城)や三大陣屋(徳山陣屋)もあと1城なので、機会があれば攻城したいと思っています。

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まず、福岡県の100名城、続100名城のうち、黒田藩の本拠である福岡城と模擬天守が美しい小倉城は初心者でも楽しめそうなという点からみても、文句なく当選でしょう。問題は最後の一つですが、朝鮮式山城の大野城や防衛ラインである水城は初心者という観点からすると少し疑問が残ります。残りは久留米城ですが現在の規模は大きいとはいえず、お城らしい建物もなく、初心者には物足りないと思います。そこで、初心者にも山城を楽しんでいただくため思い切って立花山城を挙げたいと思います。なお、秋月城も初心者にはお勧めの城と思います。

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沖縄県は、これまで13のグスクを攻城していますが、初心者でも楽しめるという観点からすれば、やはり世界遺産に登録されている城につきると思います。そして歴史的意義や規模を考慮すると、100名城に選定された首里城、今帰仁グスク、中城グスクを挙げざるをえません。世界遺産登録グスク以外では、糸数グスク、安慶名グスクなどもお勧めです。ただ、本島以外のグスクを攻城していないので、他に趣のあるグスクもあるかもしれません。

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北海道といえば、五稜郭は外せないでしょう。星形城郭の形がよく残っているうえ、函館戦争の舞台でもあり、函館奉行所も復元されるなど歴史的にも重要な城郭です。次は、松前城を挙げます。天守が復元され周辺も整備されており、「お城」を堪能できます。3番目が難しいところです。もうひとつの北海道といえばチャシで、攻城団の北海道登録城36のうち19を占めていますが、私が攻城したのはヲンネモトチャシだけです。100名城完全登城を目指していたため、東京から飛行機、特急、バスを乗り継ぎ攻城しましたが、チャシについての理解不足もあって費用対効果を考えると初心者に勧めるには躊躇せざるを得ません。他のチャシは攻城していないので誤解があるかもしれませんが。そこで、戸切地陣屋を3番目に挙げます。規模も比較的大きくよく整備されており、いかにも北海道の城という雰囲気があります。続100名城に登録された志苔館もなかなか素晴らしい城ですが、規模の点で見劣りがします。なお、もう一つの続100名城の勝山館は未攻城なので対象外としました。

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長い間「お城めぐり」をしているので「いい話」もたくさんあるのですが、昔のことは記憶があいまいになってしまったので、比較的最近の出来事を書きたいと思います。2019年11月3日朝小倉を出発。この日は、高嶺城と津和野城を攻城し益田で宿泊する予定でした。新山口で乗り換え山口駅で下車し、駅の観光案内所で街歩き地図をもらい高嶺城の登城口を尋ねると木戸公園からの道を勧められました。山口大神宮から攻城することを考えていたのですが、こちらはきついし危険だということでした。歩く途中に立ち寄った歴史民俗資料館の係員からも同じことを言われたので、やむなく、木戸公園まで歩き、登り始めました。しかし、城郭までかなり遠回りになるので、このままでは、時間がかかりすぎて津和野に寄ることができなくなる可能性がありました。その時、たまたま通りかかった車が停車し、運転している人からどこへ行くのか声を掛けられ事情を説明すると、城のすぐ下の電波塔のところまで送っていただきました。歴史の好きな方で車内でも城巡りの話で盛り上がり、さらに、市場で買ってきたという大きな梨までいただきました。丁重にお礼の言葉を述べて攻城団の名刺を差しだすと笑って受け取っていただきました。攻城後は山口大神宮へ下りました。確かにきつい道でしたが下りなので短時間ですみました。おかげで、時間が節約でき、山口市内散策をしても津和野行の特急に十分間に合いました。これももちろんいい話なのですが、最もいい話は、お城めぐりのおかげで一生付き合える攻城団にめぐり合えたことです。

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攻城団における石川県の登録数は28城ですが、今回も私が攻城済の8城から選びたいと思います。まず、金沢城は歴史的にも規模的にも文句なく石川県を代表する城でしょう。兼六園や武家屋敷など城下町散策も楽しめます。次は七尾城です。山城ですがアクセスも比較的よく、登城しながら城郭の雰囲気を楽しめます。歴史的にも重要な城です。問題は3番目ですが、大聖寺城を挙げたいと思います。駅からも比較的近く公園としてよく整備されていて初心者でも十分楽しめます。続100名城の鳥越城も素晴らしい山城で歴史的にも意義のある城ですが、公共交通機関でのアクセスが困難であることなど、初心者に勧めるにはやや躊躇します。なお、攻城団員の評価の高い松根城は未攻城なので対象としませんでした。

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私は、若いころから街歩きに興味があり、旧街道を歩いて神社、仏閣、城郭、古墳など、なんでも見学してきましたが、100名城が始まったころから城を中心に巡るようになりました。2016年7月に100名城を完全登城後、城巡りの指針を探していたところ、攻城団にめぐり合い、城攻めの計画を立てる参考にするようになりました。それのみならず、様々なイベントを通じて多くの団員と知り合うことができ、攻城団のおかげで定年退職後の生活が充実したものになりました。

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攻城団における宮城県の登録数は28城ですが、今回も私が攻城済の12城から選びたいと思います。まず、仙台城は歴史的にも規模的にも文句なく宮城県を代表する城で、城下町散策も楽しめます。次は白石城です。復元天守ですが木造で再現しているので現存天守のような趣もあります。3番目は多賀城です。近代城郭ではありませんが、発掘がかなり進み相当大きな規模だったことがわかります。結果的に100名城と続100名城になってしまいましたが、このほかにも岩出山城や岩切城がおすすめです。なお、道路工事のため撤去された案内板が再度設置されるのか一部の団員の間で話題になった北目城もあります。

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「障子ケ岳城」2018.07.02撮影。公共交通機関では行きにくい城ですが、小倉在住の知人に車を出してもらい攻城しました。夏場で2日前に雨が降ったこともあり、道はぐちゃぐちゃで、伸び放題の草をかき分けながらすすみました。苦労しながらもようやく本丸にたどり着き、この写真を撮影し、そのあと頂上からの見晴らしを堪能しました。

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攻城団における山口県の登録数は全都道府県で最少の13城です。今回も私が攻城済の8城から選びたいと思います。
まず、萩城です。歴史的に山口県を代表する城で、建物遺構はほとんどありませんが、体力と時間に余裕があれば詰めの城まで登ることをお勧めします。もちろん、明治維新の舞台となった城下町にも見どころが多くあります。
次は岩国城です。錦帯橋と復興天守とのコラボは一見の価値があります。私はロープウェイを使いましたが、次回は下から登ってみたいと思っています。城下の錦帯橋周辺にも見どころがあります。
3番目は櫛崎城を挙げたいと思います。天守台や石垣が復元整備され、初心者も楽しめます。長府の城下町散策もお勧めです。
続100名城の大内氏館はお城のイメージが物足りませんし、高嶺城は初心者向きとはとは言い難いものがあります。

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印象に残っている記事は、2019.11.24の「御城印ブームについてのインタビューに答えました」です。記事にもあるように、2019年ころから、いわゆる御城印を販売する城郭が急に増加しました。これにどのようなスタンスを取ればよいのか考慮中にこの記事に接しました。団長が、御城印の発祥、御城印のあり方、今後の見通しなどをわかりやすく説明しているので参考になりました。記事では142城で発行しているとありましたが、現在では373城(2020.07.22)で発行されているようです。私としては、発行しているかなりの城をすでに攻城しており、御城印のために再訪するのは難しいこと、現地ではなく、通販で販売している城もかなりあること、このペースで発行する城が増えるときりがないことなどから、積極的に集めることは断念しました。ただ、今後、新たに攻城した城で、城郭管理者や地元観光協会などが発行しているものがあれば購入しようと思っています。

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攻城団における奈良県の登録数は34城ですが、今回も私が攻城済の21城から選びたいと思います。まず、高取城は歴史的にも規模的にも文句なく奈良県を代表する城です。時間と体力があれば、壺阪山駅から歩いて(途中夢想館で地図等をいただく)攻城することをお勧めします。街道の雰囲気を楽しみながら少しずつ登って城域に入ると、遺構が次々に現れ、国見櫓からの絶景も楽しめます。次は郡山城です。石垣や堀か残り、門や櫓などが復元されていて、近世城郭の雰囲気を醸し出しており、城下町散策も楽しめて初心者にもお勧めです。3番目は信貴山城を挙げます。現在は朝護孫寺になっており参拝客でにぎわっていますが、郭跡がよく残る中世城郭で攻城する価値はあります。その他、続100名城の宇陀松山城や椿井城がお勧めです。なお、柳生城の近くには、「鬼滅の刃」に登場したと話題の一刀岩があります。

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ついに恐れていた栃木県の番になってしまいました。私は3名城を選定するのにまず参考にするのは100名城なのですが、ここは足利氏館だけです。確かに典型的な方形居館で土塁も残っているのですがお寺にしか見えません。私も最初訪問したときは鑁阿寺として参拝したもので、後に100名城に選定されたときは驚いたものでした。初心者に城としてお勧めするには躊躇します。続100名城の唐沢山城は大きな山城で石垣等の遺構も残り、自動車道路も整備されていて初心者にも攻城しやすいので3名城に選定するには異存はないのですが、多数の猫には興ざめです(猫好きの方には申し訳ありません)。なお体力と時間のある方は自動車道ではなく下から歩行者用の山道を登って攻城するのがお勧めです(登城口がややわかりにくい)。次の選定基準は天守なのですが栃木県には復元、復興はおろか模擬天守すらありません。ただ宇都宮城は、櫓が復元されるなど整備されていて、いわゆる城としての形が一応整っていること(十分ではありませんが)や歴史的にも重要な城であることを考慮して3名城に選定したいと思います。最後のひとつを選ぶのもなかなか困難です。というのは、栃木県は67城が登録されており、私は40城攻城しているのですが、団員から評価の高い黒羽城、皆川城、沢村城、武茂城、西方城などが未攻城だからです。しかし、私はこれまで自分で攻城した城から選んできたので今回もそうしたいと思います。そうすると、烏山城、川崎城、飛山城が候補になります。甲乙つけがたいのですが、初心者にも攻城しやすいという点を考えて飛山城を選びたいと思います。他の2城も素晴らしいのでぜひ攻城してほしいと思います。というわけで、栃木県の3名城を選定するのはなかなか難しく、私がもう少し多くの城を攻城したのちにお題が出てほしかったのですが。

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2013.06.30に攻城した小口城のパンフレットです。あまり期待しないで訪問したのですが、よく整備されていて楽しめました。資料館で入手したこのパンフは、全8頁で城の歴史、城主のプロフィール、発掘調査の結果などが記載されており地元の熱意が感じられました。

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攻城団における鹿児島県の登録城郭数は38で、私は10城攻城しています。まず100名城の鹿児島城は大きな遺構はありませんが、島津氏の居城として規模の大きさや歴史的重要性を考慮すると文句なく選定すべき城です。城下町には明治維新に関係する場所も多く楽しめます。次に続100名城の指宿城はよく整備されており縄張り等もはっきりしていて山城の様子がよくわかります。比高も大きくなく初心者でも比較的楽に攻城できます。有名な武家屋敷群もあって三名城にふさわしい城です。もう一つの続100名城の志布志城はスケールの大きな山城ですばらしいのですが、全部見学するにはなかなか大変です(私もすべてを攻城していません)。初心者に勧めるにはやや躊躇します。しかし、鹿児島県には大きな建造物等の遺構がある城も模擬天守のある城もないので、それ以外の城で私が攻城した中から選ぶのもなかなか困難です。その中で、東福寺城はよく整備されているうえ、周辺に見どころもあり、かつ攻城も容易なので初心者にお勧めです。結局、鹿児島城、知覧城、東福寺城を推薦します。なお、公園として整備されていて、伊集院駅前に島津義弘の騎馬像がある一宇治城も攻城すべき城と思います。

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どんなにキツイ攻城でも、1年も経つと楽しい思い出に変わってしまうので、比較的最近の攻城の中から選びたいと思います。自分の攻城ノートにキツかったと書いたのは、光城(長野県)、洲本城(兵庫県)、有子山城(兵庫県)、鳥取城(鳥取県)の4城でした。光城は本郭近くまで車で行くことができるので、私のように駅から歩いて登った団員の情報がほとんどなく、登城道に不安を感じながらの攻城だったのでキツイという気持ちになったと思います。洲本城は2回目の攻城でしたが前回は車で天守下まで行ったので、徒歩での攻城とのギャップでキツイと感じました。有子山城はキツイという情報が多くて覚悟していたのですが、7月31日にカンカン照りの中を登ったので、暑さで余計にへばりました。鳥取城は8年ぶりの再攻城でした。前回はキツかったという印象はなかったのに今回キツイと感じたのは8年という歳月のなせる業でしょう。加齢による体力の衰えはいかんともしがたいものがあります。というわけで、暑さの中での有子山城をもっともキツイ攻城といたします。もちろん、今では楽しい思い出になっています。

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攻城団における鳥取県の登録数は18城です。まず100名城の鳥取城は建物遺構はありませんが立派な石垣が残り、いかにもお城という風情があります。歴史的にも重要な鳥取県を代表する城です。続100名城の米子城も同様に建物遺構はありませんが城址公園として整備されていて初心者も楽しめます。もう一つの続100名城の若桜鬼が城は山城で石垣は残りますが、初心者にとっては魅力は少ないかもしれません(山城という点なら鳥取城で十分です)。代わりに、打吹城を挙げたいと思います。模擬櫓があり、陣屋として使用されたので城の雰囲気もあります。倉吉の城下町散策も楽しめます。なお、個人的には、金箔瓦のバッチにリーチがかかっている江美城に行きたいと思いますが、鳥取県を代表する城として挙げるのは無理があります。

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岐阜県はその地形的、歴史的重要性から多くの名城が造られていて、100名城と続100名城を合わせて6城も登録されています。攻城団にも120城も登録されていて選定はなかなか難しいものがあります。まず、岐阜城は建物遺構はありませんが石垣が残り、模擬天守もあってお城という風情があります。歴史的にも重要な岐阜県を代表する城です。ロープウェイがあるので初心者も攻城しやすいのですが、体力のある方には下から歩いて登ることをお勧めします。次は、大垣城です。他の100名城はいずれも山城なので、平城からひとつ選定したいと思います。空襲で焼けなければ国宝級だった復元天守が見事で、初心者も十分楽しめます。最後の一つは迷いましたが、岩村城とします。岩村駅から趣のある城下町を歩いていくと次第に気持ちが高揚し、城壁を見た瞬間に最高潮に達します。苗木城も素晴らしいのですが、周辺を併せての総合評価で岩村城に劣りました。この他、郡上八幡城もいかにもお城という雰囲気があり、初心者向きと思います。

狸親父

①岡城ー建物遺構はありませんが、知名度もあり石垣も立派です。大きな山城ですが公園としてよく整備されているので攻城するのにそれほど苦労しません。②中津城ー三大水城の一つで、立派な石垣や模擬とはいえ趣のある天守があり、いかにもお城という風情があるので初心者でも十分に楽しめます。③佐伯城ー最後まで臼杵城と迷いましたが、規模の大きさで佐伯城を選びました。登城コースがいくつかあるのでいろいろと楽しめます。選外①臼杵城は建物遺構もあり素晴らしい城です。足を延ばせば臼杵の石仏も見学できます。②杵築城は城下町がユニークで、模擬天守もあり、だれでも楽しめます。個人的にお勧めです。なお、一部の団員が絶賛している長岩城には、私はまだ攻城していないのですが、攻城メモを読む限りでは、初心者が楽しめる城とはとうてい言えないようです。

狸親父

続・続100名城の選定をしています。2016年7月に100名城を完全登城した後、城郭協会から続100名城にふさわしい30城を推薦してほしい旨の依頼をいただきました(100名城達成者全員に送られてきたようです)。そこで攻城済みの城や他の資料を参考に100城を選び、その中で確実と思われる30城を送付しましたが、実際に選定された城はわずか21城にとどまりました(自分で選んだ100城では65城)。いつの日か、続・続100名城が選定されるときに備えて団員の攻城メモをも参考にひたすら個人選考をしています。将来、このお題で皆様の意見をお聞かせいただき、自分なりの続・続100名城を選びたいと思っています。写真は、続100名城候補として推薦したものの落選した戸切地陣屋です。

狸親父

香川県の登録数 は20城で、私が攻城したのは高松城、丸亀城、引田城、屋嶋城の4城のみです。しかし、未攻城で評価の高い城はいずれも評価者の母数が少なく、あまり参考にならないうえ、紹介文や攻城メモを読んでも初心者にお勧めとは言い難いものがあります。結局攻城済の4城から選定することにしました。三大水城で現存三重櫓もある高松城と現存天守のある丸亀城は当然ですが、残り一つが難しいところです。引田城は続100名城の山城で石積などの遺構もありますが規模が大きくなく、やや物足りません。一方の屋嶋城は朝鮮式山城ですが、よく整備されていますし、源平の屋嶋の戦いの舞台となったところでもあり楽しめます。というわけで、高松城、丸亀城、屋嶋城とします。

狸親父

青森県の登録数 は27城ですが、今回も私が攻城した16城から選定したいと思います。まず、現存天守があり公園としてよく整備されている弘前城を選ぶことに異論はないでしょう。もう一つの100名城の根城は、いわゆる城郭のイメージではありませんが中世城館がよく復元されているので選定したいと思います。3番目は三戸城を挙げます。模擬天守があり石垣や堀跡が残っているので初心者が抱く典型的な城だと思います。このほか、浪岡城と堀越城もよい城郭ですが初心者に「城」としてお勧めするにはやや躊躇します。

狸親父

これまで多くの城門を見てきましたが、お題を聞いて思い浮かんだ城門を3つ挙げたいと思います。⑴新発田城本丸表門-生まれ故郷の城門です。子供のころによく訪れていたので、城門と聞くと真っ先に出てきます。堂々としていて、なかなか趣きのある門だと思います。後に重要文化財と知って驚きました。⑵佐賀城鯱の門-最初に佐賀城を訪れたのは100名城のスタンプが目的で、城郭自体にはほとんど知識がなかったので、目に入った時、その存在感に圧倒されました。今回調べたら、偶然に新発田城と同じ昭和32年6月に重要文化財に指定されていました。⑶江戸城桜田門-最も有名な城門の一つです。在職中に近くで働いていた時期には毎日のように見ていました。しかし、当時は、外側の高麗門と内側の渡櫓門の二重構造になっており、桝形を構成しているなんて全く知りませんでした。写真は冬季閉門している新発田城表門です。

狸親父

和歌山県は100名城(和歌山城)と続100名城(新宮城)が各1城で、これらをしのぐ城はないようなのでこの2城は確定です。3城目が問題ですが、攻城した中では、猿岡山城を挙げます。攻城しやすく、アクセスも容易なので、初心者にもお勧めできます。ただ、団員の評価の高い日置八幡山城、亀山城、手取城などは攻城していないので、内心忸怩たるものはあります。なお、話のタネとして「日本三大水攻め」られ城の紀伊太田城も攻城したらよいと思います。将来、攻城団バッジになるかもしれません。

狸親父

福岡の岩屋城を攻城した時に、高橋紹運の勇猛さを実感しました。調べてみるとまだ38歳だったのですね。もう少し年輩だと思っていました。その子、立花宗茂については申すまでもありません。戦国最強の親子でしょう。次点として、織田信秀・信長を挙げたいと思います。信長が活躍できたのは、信秀がある程度の基礎を作ってくれたからと思います。

狸親父

山梨県の登録数は24城と少ないのですが、100名城と続100名城が2城ずつあります。100名城の2城は当確でしょう。躑躅ヶ崎館は武田信玄の城館として知名度は抜群です。確かに神社の境内になっていて建物遺構は少ないのですが、堀や石垣、土塁が認められます。また、現在発掘が進められているので、館の全貌が次第に明らかになるでしょう。甲府城は城内を中央線が分断していますが、ある程度の縄張りもわかり、櫓や城門も復元されていていかにもお城という風情です。ここでも3番目が問題ですが、新府城を挙げます。土塁や堀跡などが残る程度ですが、武田氏最後の城で歴史的に有名なこと、平山城で初心者にも攻城しやすいことが決め手です。

狸親父

長い間攻城を続けているのですが、まだまだ未攻城の城がかなりあることに愕然としています。例えば、続100名城は、勝山館、玄蕃尾城、金田城の3城が未攻城ですし、甘崎城(藤堂高虎)、小浜城(伊達政宗)、金山城(明智光秀)を攻城すれば、それぞれの武将バッジを獲得できます。しかし、これらの城は「行ってみたい」城ではなく、「行かねばならない」城です(ほとんどの城で攻城計画ができています)。一方で、現在、私は続々100名城を選定するためいろいろな資料を検討しているのですが、加藤理文氏が他のサイトで連載している「100名城、続100名城に負けない名城」も参考にさせてもらっています。現在まで16城について書かれていますが、このなかで白老伊達藩陣屋(北海道)、土山城(滋賀県)、愛藤寺城(熊本県)が未攻城なので、この3城を「行ってみたい城」とします。

狸親父

秋田県の登録数は30城ですが、今回も私が攻城済みの8城から選びたい思います。①久保田城。現存遺構は少ないのですが、江戸時代を通じて佐竹藩の居城であり、規模も大きく、100名城に相応しいお城です。②脇本城。壮大な規模の城郭で、各曲輪がよく整備されており、土塁、空堀もかなり残っています。建物遺構はありませんが、この城からの日本海の眺望は絶景です。続100名城に選定されたのも納得です。③横手城。公園としてよく整備されているうえ、立派な模擬天守もあって、いかにもお城という風情があり、初心者にお勧めです。(次点)秋田城。続100名城で歴史的意義もあり、いろいろなものが復元されていますが、初心者にお城としてお勧めするには躊躇します。(選外)将来、団員の評価の高い、檜山城、稲庭城、払田柵に攻城したら、変更があるかもしれません。

狸親父

「本棚の写真を見せてください」とは、なかなか難しいお題が出ましたね。長く社会生活を送っているので、仕事関係、文学作品、語学書、趣味の相撲関係書籍、果てまたコミックまで家の中は本であふれかえっています。現在のようにネットが発達しておらず、紙媒体が中心だったのでどんどん増えてしまいました。ところで、城巡りは、街歩きの付属として還暦を過ぎてからスタートしたので、すでに攻城団のようなネットから十分に情報を得ることができる時期になっており、城関係の本はあまり持っていません。今回、少し本棚を整理して写真を撮りました。写真右下の段は県別道路地図です。徒歩で攻城するときに駅やバス停からの距離や道順を知るのに役立つほか、ニュースで知らない城が取り上げられてもすぐに所在場所を確定することができ、重宝しています。基本的には公共交通機関と徒歩で攻城しているので「〇〇を歩く」という本が少しあります。

狸親父

大阪城はシードされているので、他に2城選定します。まず、岸和田城を挙げます。交通の便の良い平城で、美しい復興天守もあって、初心者がお城として楽しむには適しています。天守のある城を二つ選んだので、3城目は山城の飯盛山城を挙げます。公共交通機関でのアクセスにやや難はありますが、私は慈眼寺から登り始め、野崎城を見学してハイキングコースに入り、途中堀切や土橋などの遺構を確認して四条畷神社に抜けました。少し時間はかかりますが、特段キツイということはありませんでした。なお、100名城の千早城は南北朝時代の山城で歴史的には価値がありますが、これといった遺構もなくアクセスもきついので、初心者でも楽しめそうなお城という観点から選外としました。

狸親父

徳川慶喜、最後の征夷大将軍です。死後100年余りしか経過しおらず、多くの資料があるのに、将軍在職中における行動のすべてが解明されているわけではありません。水戸家に生まれ、将軍就任から死去までの波乱万丈の生涯を送った慶喜に興味を持っています。

狸親父

⑴水戸城。徳川御三家の居城で規模も大きく縄張りもよくわかります。城跡はいくつかの学校になっていますが、土塁・空堀が現存し、本丸の水戸一高に薬医門が移築されているほか、昨年来、大手門と二の丸角櫓が復元され城郭としての威容が増しました。三の丸には藩校弘道館があります。⑵小幡城。築城年代は不明ですが、土塁や空堀などの遺構がほぼ完全な状態で残っています。迷路のような堀底を歩いていると戦国時代にタイムスリップしたような不思議な気持ちになりました。続100名城にも登録されていませんが、攻城した団員の評価がきわめて高いのも納得です。⑶土浦城。城址は亀城公園として整備され、太鼓櫓門と霞門が現存しています。街中にあり、アクセスも容易なので、「初心者でも楽しめそうなお城」という観点から選定しました。(補)その他、候補として検討した城は、逆井城、守谷城、小田城、額田城です。

狸親父

平手政秀。織田信長の傅役となり次席家老を務めた武将です。高校生時に山岡荘八の「織田信長」を読み「信長が父信秀の葬儀の際、抹香を鷲掴みにして祭壇にぶん投げるなどの奇行をしたことを憂い、自身の死で諌めるため 切腹した」と知って感動し、ずっと忠臣として尊敬していました。後年になって「政秀は信長と次第に不和になり、信長の実直でない様を恨んで自刃したとされている」などの説を知りましたが、私の中ではいまだに山岡説が支配しています。政秀は、斎藤道三との和睦を成立させ、信長と濃姫の婚約を取りまとめたり、朝廷との交渉活動も担当するなど外交面で活躍しただけでなく、茶道や和歌などに通じた文化人でもありました。3年前に政秀の居館跡の志賀城を攻城した際も感慨深いものがありました。昨年の大河ドラマ「麒麟が来る」では、政秀は、反信長勢力との調整に難航したので誠意を見せるために腹を切ったと描かれていたようでしたが、信長はたいした感情も見せず、政秀を小物のような言い方をしていたのが、残念でした。

狸親父

宮崎県の攻城団登録数は21ですが、今回も攻城済の、飫肥城、延岡城、佐土原城、高鍋城、都之城の5城の中から選定したいと思います。⑴飫肥城 目立った建物遺構はありませんが、いかにも城下町のたたずまいがあり、初心者にもお勧めです。⑵延岡城 「千人殺し」と呼ばれる高石垣は見事です。天守台や曲輪跡などの遺構が残っているほか、北大手門も復元されています。⑶高鍋城 建物遺構はありませんが、公園として整備され、石垣や堀がよく保存されています。(補) 佐土原城は続100名城で、かつて金箔瓦を使用した天守が築かれていましたが、現在は、御殿の一部が復元されているだけで、初心者がお城のイメージを抱くには難点があります。また、団員の評価が高い都於郡城は、未攻城なので選外としました。

狸親父

大名庭園です。子供のころに、偕楽園、兼六園、後楽園が三名園と知って、学生時代に水戸城、金沢城、岡山城を攻城した際に訪問しました。時を経て本格的に城巡りを開始した時に主要な城下町に立派な庭園があることに気づき、それが大名庭園とよばれるものだと知りました。調べてみると、城と比較的近いところにある衆楽園(津山城)、栗林公園(高松城)、天赦園(宇和島城)、縮景園(広島城)などは見学していましたが、離れた場所にある南湖公園(白河小峰城)や養翠園(和歌山城)などは攻城の際見学していませんでした。有名な大名庭園のある城はほとんど攻城してしまったので、これからは、見逃した庭園や失われた庭園を探して攻城を続けたいと思います。また、東京にある六義園や清澄庭園などの大名庭園も改めて見学したいと思います。

狸親父

⑴金山城 関東の山城には珍しく石垣が豊富に使われています。よく整備されていて縄張り等も確認でき、舗装された車道で城跡近くまで行けるので初心者にもお勧めです。⑵箕輪城 縄張りがよく整備されていて城の形がよくわかります。平山城ですが高低差は少ないので体力に自信のない人でも楽しく攻城できます。公共交通機関で攻城するには少し困難ですが、車なら駐車場が完備しています。⑶高崎城 建物遺構は移築された櫓と門だけですが、水堀や土塁が多く残っており、地図を見ると城の規模が相当大きかったことがわかります。アクセスも容易です。(補) 岩櫃城 素晴らしい山城ですが本丸まで行くとすると初心者向きとはいえません。名胡桃城 よく整備されていますが規模が小さくやや物足りません。

狸親父

一人で攻城する場合に注意している点です。(事前準備) 登城口の位置・難易度・所要時間を確認。いろいろな資料を調べますが、特に、攻城団の攻城メモとフォトギャラリーの攻城口の写真が役立ちます。それでも不明な時は現地の観光案内所で情報を収集します。(安全対策) 天候が悪い時は中止し、道が藪化しているときは撤退(自分の体力と相談)、暗くなる前に下城します。緊急連絡のためにスマホに最寄りのタクシー会社の番号を打ち込んでいます。(その他) お茶などの水分。菓子パン、チョコレートや一口羊羹などの食料(山城内にはコンビニはありません)。時期、場所によっては熊鈴・懐中電灯。(補足) 当然のことながら怪我をしないことを最重要に心がけています。近年は、ツアーを利用することが多くなりました(登城口までのアクセスが困難な山城など)。当然のことながら気楽ですね。

狸親父

⑴松江城 荘重な国宝現存天守があり、これだけでも選定に異論はないでしょう。⑵浜田城 よく整備されており、縄張りも確認できます。丁寧な案内板が多く設置されているので初心者にも勉強になります。天守台からの展望は絶景です。 ⑶津和野城 山城ですがリフトが設置されているので、体力に自信のない人でも楽に攻城できます。城下町散策も楽しめます。(補欠) 月山富田城  巨大な山城で歴史的にも意義がある城ですが、初心者に推薦するにはやや躊躇します。

狸親父

桜が有名なお城は、攻城団バッジにも56城登録されるほど数多くあります(私は混雑を避けて桜の季節には攻城していませんが)。一方、紅葉がキレイな城と言われてもすぐには思いつきません。一般的には高地にある山城からの眺望が考えられるのですが、特に印象に残っている城はありません。ただ、先月末に弘前城を攻城した時に水堀に浮かんだ小舟の菊人形が周囲の紅葉とマッチしてきれいだったのを思い出したので写真を添付します(2021.10.26撮影)。弘前は桜だけではなかったのですね。

狸親父

⑴掛川城 木造の復元天守と現存御殿があって、いかにも「お城」を感じさせてくれます。アクセスもよく、初心者が攻城するのに最適な城と思います。⑵山中城 建物遺構はありませんが、畝堀や障子堀の構造がきれいに保存整備されており、勉強になります。⑶諏訪原城 歴史的にも有名な城郭です。アクセスはよくありませんが、武田氏の遺構と徳川氏の遺構の違いを確認することができます。(補)静岡県は名城が多く、駿府城などの100名城や続100名城以外にも、横須賀城、二俣城、丸子城、長浜城など攻城してほしい城が多数あります。

狸親父

長い間お城めぐりをしているので、マイナーな城で他の攻城者に出会うことがときどきあり、その際にできるだけ声をかけて攻城団の紹介をするようにしています。自分の攻城記録をつけられること、登城口や駐車場などの情報が得られること、多くの団員がいることなどを話して、まずは一度攻城団にアクセスすることを勧めています。興味をもった人に対しては、自分のスマホを使用して攻城団の狸親父のページを開いて具体的に説明することもあります。また、攻城団は知っているし、アクセスして城の情報を得たこともあるが入団には消極的な人もいます。とくに年配者はネットの組織というだけで漠然とした不安を感じています(恥ずかしながら、私自身もそうでした)。その時は自分の体験も話して信頼できる組織であると力説しています。

狸親父

攻城団の岩手県の登録は20城と少ないのですが、100名城の盛岡城と続100名城の九戸城は当選です。いずれも目立った建物遺構はありませんが、歴史的にも意義のある城郭で、縄張り等がよく整備されています。交通アクセスもよいので初心者にもお勧めです。3城目の選定はなかなか難しいのですが、志波城を挙げます。平安時代の古代城柵ですが、外郭南門や竪穴建物などが復元されているほか、ガイダンス施設もあり楽しめます。このほか、岩谷堂城、久慈城などもお勧めですが、公共交通機関でのアクセスが不便なのが難点です。

狸親父

狸親父です。私は、かつて運動不足なうえ、暴飲・暴食だったので、肥満で腹も出ており、信楽焼きの狸にそっくりで、家族からも「狸親父」と呼ばれていました。メタボと診断されて目が覚め、ウォーキングとして街歩きをはじめ(その後、城巡りに発展)、酒量を減らしたり、なるべく階段を使うなどして、ようやくBMI値も正常になりました。油断して元に戻らないように、徳川家康の「しかみ像」にならって狸時代の写真を手帳に挟んでいつも持ち歩いています。そういえば徳川家康のあだ名も「狸親父」でしたね。攻城団のアイコンは、私が江戸城の石垣にしがみついている場面です。

狸親父

長崎県の登録城数は36、今回も攻城済の14城から選びます。⑴平戸城 模擬とはいえ立派な天守があり、城下町散策も楽しめるので初心者にもお勧めです。⑵原城 島原の乱の舞台となったお城ですが、攻城前に予想していたよりもはるかに規模が大きく驚きました。有馬キリシタン遺産記念館を見学したあとに、往時を思い浮かべながら歩くと江戸時代にタイムスリップした感覚を味わえます。⑶玖島城 石垣遺構や再建した櫓があり、いかにも江戸時代のお城という雰囲気があり初心者にお勧めです。

狸親父

もともと歴史好きで、城郭だけでなく神社・仏閣、古墳など手当たり次第に見学していました。2010年9月に100名城巡りを始め2016年7月に完全登城しましたが、当初は、城=天守と思っていたので(現存天守や模擬天守の区別もついていませんでした)、建物のない100名城、特に山城にやや違和感を感じていましたが、わけの分からないまま、すべての城で本郭等まで攻城しました。2017年4月に攻城団に入団して城の知識を増やし、またツアーに参加するなどして勉強し、いまでは山城の理解も進みその楽しさも味わうことができるようになりました。そこで、小谷城や観音寺城など100名城の山城を再訪し、できれば縄張り図片手に攻城したいと思っています。

狸親父

「島」といっても沖縄本島は100名城・続100名城5城を含めて多数の城が登録されており、離島のイメージがないので今回は除外して考えたいと思います。それにしても、佐渡島から波照間島までおもな島にはほとんど城が登録されていることに驚きました(何故か奄美大島にはありません)。多くの城を攻城し、それぞれ思い出はあるのですが、初心に帰って、今回は、交通の便が良く、城下町散策も楽しめる平戸城を挙げたいと思います。

狸親父

10年以上前の2010年に、仕事で高松から松山に向かう特急列車の車窓から大きな石垣の上にポツンと小さな天守が建っているのが見えました。当時は、さほど城郭に興味がなかったので特に気にしていませんでした。出張から帰ってから、それが現存天守の丸亀城であることがわかり、それから城郭をめぐるようになりました。忘れられない思い出です。写真は、2021年に再訪した丸亀城です。

狸親父

徳川家康のあだ名の「狸親父」を名乗っているので投稿せざるをえませんね。家康は家族的には恵まれていません。生母とはすぐに離別し、幼少時に父も暗殺されてしまったので兄弟がいません。また、今川義元の姪とされる築山殿と結婚して長男信康をもうけますが、結局は妻子を殺すことになります。その後、家康は正妻を娶っていません(秀吉の妹の朝日姫は実質は人質です)。一方で、幸運の持ち主と思います。桶狭間、三方ヶ原などの合戦だけでなく、領国での一向一揆との戦いや本能寺の変の際の逃亡劇でも命の危険にさらされています。さらに、関ケ原の合戦でも負ける可能性もかなりあったと言われていますが、いずれも生き延びて、結局は天下を統一しました。ところで、家康が三方ヶ原の敗戦直後に慢心の戒めのため描かせたとされる「しかみ像」は、根拠となる文献がなく、徳川美術館を創設した徳川義親 が1936年にその旨の発言をしたことが伝わったものとされています。

狸親父

浮気城は「うわきじょう」ではなく「ふけじょう」と読みます。「浮気」は城がある地名で、守山市誌によれば「地名は水澤の池、水がふけるの意味で、野洲川の伏流水が至る所から湧き、泉や小川となって里中を流れ、常に水気が立ちこめる風景を呼ぶ名称です。」とありますが、「ふける」を「浮気」と表記する理由はわからないようです。浮気城の築城年代は定かではありませんが、浮家時房によって築かれたとされます。 浮家氏は北条氏の出で時綱の時に浮家を領し、その後浮気氏を名乗りました。現在城址は住吉神社の境内になっており土塁と堀が良好な状態で残っていました(2020.11.23攻城)。写真は住吉神社です。

狸親父

私が本城にしている新発田城の別名は一般的には菖蒲城ですが、狐尾曳ノ城(きつねおびきのしろ)とも呼ばれています。これは、藩主から築城を命ぜられた長井清左衛門(初代藩主奥方の弟)が縄張りの作成に苦心しているとき、日頃信仰している稲荷の使いの狐が枕辺に立ち、白雪の上に尾で図を書いて示して教えたという伝説があるためです。雪国らしい伝説ですね。現在は縄張り全体が見学できないのが残念です。なお、新発田城には舟形城の別名もあります。

狸親父

「好き」というより、思い出深いバッジが「高知県バッジ」です。県バッジシリーズが始まった時には、私はすでに100名城など著名な城を含めてかなりの数の城を攻城しており、どの県でも県バッジが制定されると直ちに獲得という状況でした。しかし、高知県バッジが制定されたときには、高知城と岡豊城は攻城していたのですが中村城は未攻城した。その後の県バッジも当然のように制定即獲得だったので、高知県バッジだけ未獲得というのは何とも収まりが悪く、内心忸怩たるものがありました。しかし、東京在住の者としては高知県は簡単に行ける場所ではなく、ずっと気になっていましたが、2021年10月にようやく中村城を攻城しバッジを獲得してすっきりしました。

狸親父

長い間攻城を続けていますが、多くの城を見たいという気持ちが強く、同じ城を何度も攻めることはあまりなく、攻城記録によれば、二条城や名古屋城など10城が4回で最多でした。しかも、同じような時期に攻城していることが多くて四季の違いを感じたことはありませんでした。季節の違う時期に攻城した城を調べてみると、弘前城に、冬(2015.02.27)、夏(2018.06.24)、秋(2021.10.26)と3回攻城していました。冬は、一面の雪のなか幻想的な天守を見ることができ、夏は、天守が移動していることに目が行って季節を感じることはありませんでしたが、秋は、紅葉が見事でした。残りは春ですが、これまでは混雑するので写真で満足していたのですが、いつかは満開の桜の季節に攻城したいと思っています。写真は、秋の弘前城です。

狸親父

長期間にわたり攻城生活をしているので、学校になっている城址をかなり攻城してきました。ほとんどは小学校になっている比較的小規模の城址ですが、なかには大学や複数の学校になっている城址もありました。たとえば、金沢城は、現在は移転していますが、かつては金沢大学になっており、石川門から先は観光客は立入禁止でした。また、水戸城には、現在でも高校2校、中学校1校、小学校1校(幼稚園も)が存在します。大手門や二の丸角櫓が復元されていますが、将来的には学校をどうするのでしょうか。駿府城にも複数の学校がありますが、ここは他に県庁や裁判所、病院などもあるので城址公園一本というのは難しいでしょう。もっとも福岡城は城内にあった野球場、学校や裁判所を移転させ城址公園の形が整いつつあります。印象深いのは佐賀県の鹿島城です。現在は県立鹿島高校になっていて、本丸正門である「赤門」は校門となって現存しています。周辺に武家屋敷も残っており、お城と学校が見事に溶け合っています。写真は鹿島城の赤門です。

狸親父

できるだけ多くの城を攻城したいという方針なので、通常は積極的に何度も攻城することはありません。しかし、長期間にわたり攻城生活を続けているので、複数回攻城した城も相当数に上ります。例えば、最高の久留米城は、最初の攻城後に続100名城に認定されスタンプを押すために、次にツアーに組み込まれていたので、さらに攻城団のチラシをもらうためといった理由で5回も攻城しました。それでも毎回新しい発見があり城の奥深さを感じています。また、姫路城(天守修理中→完成後)、熊本城(震災前→震災後→天守復旧後)、首里城(火災前→火災後)、弘前城(天守移動前→移動後)のように劇的に変化した時は積極的に再攻城をしています。写真は久留米城です。2023.04.03撮影

狸親父

幼少期に新発田市近郊で育ったので、最初に訪れたのは新発田城なのですが、城というものを理解していたとは到底言えません。城として最初に攻城したのは、中学2年の1963年8月にクラブの旅行で行った姫路城ですが、昭和の大修理中で、当時の状況を明確に記憶していません。その後も休みのたびに全国の史跡を廻ったので多くの城を攻城していました。2009年10月4日に還暦を迎えた機会に、都市の訪問、寺社の参拝、鉄道乗車など様々な事項について新たに明確な記録を付け始めました。城については同月11日にJR東海のウォーキングの際に攻城した岡崎城が最初になりました(攻城団の攻城記録はこの日からつけています)。なお、私は、2017年4月12日に攻城団に入団したのですが、入団後に最初に攻城したのは同月22日の江戸城です。写真は新発田城(2022.9.30撮影)。私が子供のころにはなかった櫓です。

狸親父

狸親父としては、徳川家康に関する重大ニュースを挙げたいと思います。
1 桶狭間の戦い。信長が義元を討ち取ったことが強調されますが、家康(松平元康)が今川勢として参戦しており、結果として岡崎に戻り三河の大名になることができた。
2 小牧長久手の戦い。家康は引き分けだったと強弁していますが、地震がなかったら惨敗でしたね。
3 秀頼の誕生。秀頼が生まれなければ、優秀な秀次が関白に留まり、家康は豊臣家の有力大名に留まったと思われます。
こうして見ると、家康は幸運でしたね。長生きしたことで運を呼び寄せたのでしょうか。

優秀な秀次が豊臣家を 

狸親父

昨年、念願の続100名城バッジを獲得したので残りは6個になりました。しかし、阿波九城(残り4城)、筑前六端城(残り3城)、伊達21要害(残り8城)については、東京在住で免許も返納したので、どれも簡単に獲得できるバッジではありません。また、桜の名城は60城中58城を攻城し、残りは大口城と名護グスクなのですが、これも地理的みて獲得はなかなか大変です。ただ、明智光秀(残り金山城)と金箔瓦(残り江美城)はいずれもあと1城なので何とか今年中に獲得したいと思います。現在、戸切地陣屋(北海道)、小幡城(茨城)、清色城(鹿児島)など、これまで攻城した中から独断と偏見で続々100名城を選定する作業をしています。そこで今年は未攻城の城で富岡城(熊本)、飛騨松倉城(岐阜)、畑谷城(山形)など団員の評価の高い城を少しでも多く攻城し、私選続々100名城の完成に近づけたいと思います。写真は候補の都於郡城(宮崎)です。

狸親父

私は、攻城団の様々な機能を使って楽しんでいますが、基本はもちろんお城の情報を得ることです。攻城計画を立てるときは、当該の城だけでなく周辺の城も表示させて、併せての攻城の可否を検討します。その際、何より重要なのが先人の攻城メモです。そこには、公共交通機関でのアクセス、登城口、見どころなど、現実に攻城した者ならではの記述にあふれています。したがって、自分が攻城したときは、こうした情報を攻城メモとして投稿するように心がけています。これもゆるやかなギブアンドテイクですかね。

狸親父

現存12天守はどれも素晴らしくて順位を付けがたいのですが、宇和島城が印象に残っています。2010年09月に四国旅行で宇和島城を訪れたとき、職員から解説をしていただきました。その際、100名城スタンプラリーを始めるならスタンプ帳を配布すると言われて、思わず「やります」と答えてしまいました。実は、スタンプラリー自体は知っていたのですが、すでに半分以上攻城していたので、どうしようか迷っていたところでした。宇和島城のスタンプを押してラリーに参加しました。既攻城の城も再訪して、2016年7月にすべての城を攻城しました。それまで「城イコール天守」という認識だったのですが、100名城巡りをするうち城についての知識や山城の楽しみを覚えてしまい、その後攻城団に入団したこともあって、すっかり城めぐりの沼にはまってしまいました。現在の私があるのは宇和島城(の職員さん)と言っても過言ではなく、私の中では特別な存在です。

狸親父

私は、定年退職後、元の職場の関係者との付き合いはほとんどなく、学生時代の友人たちとも年に数回会う程度なので、妻以外と話す機会があまりありません。そんな中、攻城団は、単に自分の攻城記録をつけたり、攻城計画を立てる参考にするだけではなく、「ひとこと」で自分の日常を述べたり、他の団員の攻城メモなどの投稿を読んだりすることができます。そして、ズームを使って、勉強会に参加したり、評定で他の団員とワイワイ話したり、さらに、ネット上の団体なのに、団員総会や城たびなどのイベントで実際に会って話すこともできます。そんなわけで、攻城団は私にとって社会と繋がっている数少ない場所なのです。

狸親父

お城にハマりだしたのは、還暦が迫るなか、運動不足から体重も増加し(信楽焼の狸のようでした)、少し歩くと息切れをする時期でした。このころ、100名城が制定されたのを機会に、運動を兼ねて本格的に攻城を始めました。今の自分が、その頃の自分に対して次のように声をかけます。「後期高齢者に近づいたけど、長い間、全国のお城を駆け巡ったおかげで、体重が減ったのはもちろん、いまだに山城に挑戦できる体力も残っているよ。また、武将や城に関する知識が増えたのはもちろん、障壁画や大名庭園等関連する事項も勉強できた。まさに、一生の趣味だと思うし、なにより攻城団にめぐり合ったことが城にハマったことの最大の収穫だね」。写真は、昨日(2024.05.30)攻城した柏久保城。この程度の山城なら、息切れしません。

狸親父

私は、もともとは、ローカル線に乗車したり古道や旧街道を歩いて、知らない町を放浪し、現地にある城跡のほか、神社、仏閣、古墳などの史跡を見学することを趣味にしていました。100名城のスタンプラリーに参加したころから、城郭に対する比重が高まり、2017年4月に攻城団に入団してからは、攻城の沼にどっぷりとはまってしまい、城郭を攻めることが主目的になってしまいました。今では、著名な城はほとんど攻城してしまったうえ、体力的にも本格的な山城攻城も困難になったので、原点にもどり、ローカル線乗車や国分寺・一宮参拝にも重点を置いて旅行しています。もちろん、途中に城があれば攻城しています。写真は、若狭国分寺です。

狸親父

入団して7年半経過し、多くの城を攻城しましたが、攻城中に旧知の団員とばったり会ったことは2度しかありません。マイナーな山城等で攻城中の人に声を掛けたら団員だったことは数回あります(団員でなければ入団を勧めます)。こうした時は、そのお城や最近攻城したお城についての感想を話すだけです(時間もありません)。城ツアーで団員と一緒になることもしばしばあり、その時は攻城時だけでなく、食事中や移動中にも、それぞれの団員の攻城経験の情報交換をします。城たびや団員総会では城攻め初心者の参加者も多く、もっぱら攻城(原則公共交通機関での)についての質問に答えるようにしています。経験豊富な団員とは、それぞれの推し城について談議をしたいと思います。写真は愛知県の飯森城。ここで、攻城団員ご夫妻とお会いしました。

狸親父

⑴戸切地陣屋(北海道) いわゆる星形要塞(四稜郭)で、門が復元されるなどよく整備されています。⑵相馬中村城(福島県) 大手門のほか石垣や土塁、堀が現存し、小藩の近世城郭の形をよく留めています。⑶大島城(長野県) 甲州流築城術の城で、二重の三日月堀に囲まれた丸馬出や曲輪を区切る堀切など、大きな遺構が残ります。⑷虎御前山城(滋賀県) 小谷城攻めの陣城ですが、スケールが大きく、有名武将の陣跡が残っていて楽しめます。⑸都於郡城(宮崎県) 建造物はありませんが、大きな曲輪、土塁、空堀など、よく整備されているので、縄張りが明確にわかります。画像は戸切地陣屋です。

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今日のレビュー

猛将妄想録 1 (電撃ジャパンコミックス)

いまでも定期的に読み返す一冊。たまたま見かけたこの本のおかげで攻城団にマンガという武器が加わったと思うと感慨深いです。攻城団で発表した作品を収録した続刊も出版したいと思ってます。

こうの)

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