別名 出世城、引馬城、曳馬城、引間城、匹馬城
お知らせ 詳細
浜松城は徳川家康の居城として知られ、家康は29歳から45歳までの17年間を浜松城で過ごしました。武田信玄と戦った「三方ヶ原の戦い」は信玄がこの城を無視したことがきっかけになっています。また江戸時代には歴代城主の多くが幕府の重役に出世したことから「出世城」と呼ばれています。現在は浜松城公園として整備されており、野趣あふれる野面積みの石垣を見ることができます。また、石垣の中からハート型の石を探すのがちょっとしたブームになっています。1958年(昭和33年)に再建された復興天守には家康が19歳のときに着用したといわれる金陀美具足が展示されており、最上階からは北に三方ヶ原古戦場、南に遠州灘、西に浜名湖、晴れた日には東に富士山を臨むことができます。さらに2014年(平成26年)には天守門が復元整備されました。
浜松城を訪問した3616人の報告によれば、平均見学時間は1時間2分、平均評価は3.46点となっています。
目次
浜松城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
浜松城をルートに含んだモデルコースです。旅行する際の参考にしてください。
浜松城に関するデータ 情報の追加や修正
37 m
内郭:-- ha 外郭:-- ha
3重4階(地上3階、地下1階)
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記録に乏しく、江戸時代にはすでに存在しなかった。現在ある模擬天守は1958年(昭和33年)4月に天守台の半分を使って建てられたもの。なお、築城時期や天守台の大きさから推測すると、かつての天守は望楼型で現在よりも一回り大きい3重4階の天守だったと思われる。
今川貞相か
着工 永正年間(1504年〜1521年)
1871年(明治4年)
徳川家康
堀尾氏(12万石)、松平乗寿(3万5千石)、青山宗俊(5万石)、松平信祝(7万石)、井上正経(6万石)、水野忠邦(6万石)、井上正直(6万石)
石垣、天守曲輪
市史跡
模擬天守、天守門
登録日:2013/11/17 17:35:48
更新日:2024/11/21 11:41:03
浜松城の見所や歴史などを紹介します。
見学情報・施設案内 情報の追加や修正
なし
可
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浜松城の見所は城メモをご覧ください
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