浜松城
浜松城

[静岡県][遠江] 静岡県浜松市中央区元城町100-2


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.46(72位)
  • 見学時間:1時間4分(65位)
  • 攻城人数:3563(24位)

天守曲輪の石垣

浜松城の天守曲輪を囲んでいる石垣は、下半分は土塁のままで、上半分だけに石を積んだ「鉢巻石垣」になっています。
(反対に下半分だけが石垣になっているものを「腰巻石垣」と呼びます)

天守曲輪を降りたところ、石垣の下に案内板があります。

天守曲輪(てんしゅぐるわ)の石垣
天守曲輪の石垣の特徴 〜邪(ひずみ)と屏風折(びょうぶおり)〜
 天守曲輪に残る石垣は、斜面上半部だけに石を積んだ「鉢巻石垣(はちまきいしがき)」に分類できる。石垣の平面形には屏風折(びょうぶおり)や出隅(ですみ)、入隅(いりすみ)が随所に見られる。こうした複雑な形状は、戦闘時に迫る敵に側面から攻撃を加えるための工夫である。
 邪(ひずみ)は輪取り(わどり)ともいい、天守曲輪西側の埋門(うづみもん)南側で観察できるが、国内の現存例は多くない。さらに南に行くと、一旦鎬隅(しのぎすみ)になった後に屏風折がある。いずれも横矢掛(よこやがかり)という防御の技法で天守曲輪からの死角をなくす事ができ、防御機能が高くなる。
 天守曲輪南東側には出隅があり、このような部分が大規模になると櫓が建てられる。一方、本丸北西隅には入隅があり、入隅は多くの城郭で見ることができる。
   

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今日のレビュー

図説 近世城郭の作事 櫓・城門編

三浦先生が書かれた「近世城郭の作事 天守編」に続き、今回は「櫓・城門・土塀」編を読みました。特に、城門、土塀については書いてあることのほとんどが初めて知る事でした。城門の種類ですが、薬医門は安土桃山時代だけで、高麗門は文禄・慶長の役で朝鮮半島での築城時に発明され、構造は薬医門と変わりませんが屋根が小さいので防戦上で有利、屋根が小さいので用材が少なくて済むなど、関ヶ原の戦い後、薬医門から進化した高麗門に取って代わられたそうで、現在城跡に残っているのは圧倒的に高麗門で、医薬門は少ないとの事です。また、関ヶ原以前の櫓門では石落がないので、櫓門の石落は関ヶ原以降の発明と考えられるとの事を初めて知ります。土塀についても、付壁塀、築壁塀など色々な種類があるそうで、天守、櫓以外に城門、土塀にも注目することにより、新たなお城巡りの楽しみを再発見させてもらえた一冊だと思います。

まーちゃんさん)

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