明石城の二の丸は本丸の東側に位置している曲輪で、東西74m、南北60mの広さです。
またその東に位置する東の丸(三の丸)は東西88m、南北69mの広さです。
ふたつある「三の丸」について
築城時は本丸南側にある大曲輪(=本三の丸)を「三の丸」と呼んでいたが、福島正則の改易にともない西国諸国の驚異が低下したことと、居屋敷曲輪を整備するために二の丸を東西に分割して東側を三の丸(のちに「東の丸」)にしたと思われる。
二の丸
三の丸(本三の丸)から石段の坂を登ったところに「大ノ門」という櫓門がありました。
二の丸と東の丸の間は石垣ではなく切り違いの土居と平門「方ノ門」があり、土居の南北隅には「礼ノ櫓(北)」と「貞ノ櫓(南)」という二重櫓がありました。
それぞれ、礼ノ櫓は桜掘を見下ろして北方を守る役割が、貞ノ櫓には三の丸から登城する坂を監視する役割がありました。
東の丸の北面は野面積みや打込接ぎなどの比較的粗い石垣が残っています。
天ノ門の先は枡形虎口になっており、弁ノ櫓がありました。