明石城
明石城

[兵庫県][播磨] 兵庫県明石市明石公園1-27


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.45(113位)
  • 見学時間:1時間10分(98位)
  • 攻城人数:1314(30位)

太鼓門跡

明石城主要部の玄関口で、現在の明石公園の入口になっています。
(城の正門である大手門はさらに南の外堀に面した位置にありました)

当時、中堀には長さ十一間(約20m)、幅三間(約5.5m)の木製の欄干橋がかかり、「太鼓門橋」と呼ばれていました。
橋を渡った先には正面に「定ノ門」と呼ばれる高麗門(一の門)があり、明治初期に撮影された古写真で確認することができます。

古写真(明石旧城)[明石城]
提供:公益財団法人文化財建造物保存技術協会 | 古写真(明石旧城)[明石城]
大手門古写真[明石城]
提供:明石市 | 大手門古写真[明石城]

定ノ門をくぐると五間に八間の枡形虎口になっていました。この枡形はいまも残っています。

さらに二の門は「能ノ門」と呼ばれる櫓門(通称「太鼓門」)で時刻を告げる大太鼓が備え付けられていました。この太鼓は現在、明石神社に保管されています。

太鼓門とはどの門を指すのか

太鼓門は厳密には「能ノ門」の別名ですが、1716年(享保元年)〜1735年(享保20年)に描かれたとされる『明石記』の「御廓内之図」など正面の門(一の門)の近くに「太鼓門」と記された絵図があり、ふたつの門をあわせて「太鼓門」と呼んでいた可能性もあります。
(一般に「大手門」などは高麗門と櫓門の両方で構成される枡形門の総称)

とき打ち太鼓

現在は機械仕掛けの人形が当時と同じように一刻(2時間)ごとに太鼓を叩く「とき打ち太鼓」が太鼓門跡につくられています。
これは明石市制70周年を記念して、1989年(平成元年)に設置されました。

とき打ち太鼓プログラム

午前八時刻打ち(五ツ打ち×三回)
午前九時黒田の舞
午前十時刻打ち(四ツ打ち×三回)
午前十一時剣舞
正午刻打ち(九ツ打ち×三回)
午後一時古城の舞
午後二時刻打ち(八ツ打ち×三回)
午後三時黒田の舞
午後四時刻打ち(七ツ打ち×三回)
午後五時古城の舞
午後六時刻打ち(六ツ打ち×三回)
   
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今日のレビュー

家康はなぜ江戸を選んだか (江戸東京ライブラリー)

気になっていたので購入して読みました。
非常に平易でわかりやすい文章したのであっという間に読み終えましたね。
なぜ江戸を選んだのか?という点について、なるほどと思いましたが、ではなぜそれまでの統治者は鎌倉や小田原を選んだのか?と思っていたら、次の章で見事に説明されていました。うーん、やられました。その章で紹介されていた関東を利根川を境に東西に分けて大豪族層と中小国人層という分類、見方があるというのをはじめて知りました。非常に良い本だと思います!

しのはさん)

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