上田城
60 上田城

[長野県][信濃] 長野県上田市二の丸


  • 平均評価:★★★★☆ 3.74(50位)
  • 見学時間:1時間20分(73位)
  • 攻城人数:1556(11位)

本丸東虎口(復元櫓門、南北櫓)

本丸東虎口には復元された櫓門と、移築された南櫓・北櫓があります。

長野県宝 上田城三櫓(南櫓・北櫓・西櫓)
種別
建造物
所在地
上田市二の丸
指定年月日
昭和34年11月9日

 上田城は、真田昌幸によって天正11年(1583)から築城が開始された平城である。城郭自体の規模はさほど大きくはないが、南方は千曲川の分流である尼ケ淵(あまがふち)に面した断崖に臨み、他の三方は城下町と河川を巧みに配して、周囲一帯を極めて堅固な防御陣地としている。この上田城の特性は、天正13年(1585)と慶長5年(1600)の2回にわたる徳川氏との合戦の際に遺憾なく発揮され、真田氏と上田城の名は天下に鳴り響いたのである。
 しかし、真田氏の上田城は、関ヶ原の合戦後に徹底的に破却され、現存する上田城の隅櫓(すみやぐら)や石垣は、寛永3~5年(1626~28)にかけて仙石忠政によって新たに築き直されたものである。
 仙石氏による上田城再築は、忠政の病死により中絶し、堀や石垣などの普請(ふしん)(土木工事)は完成したものの、櫓や城門を建てる作事(さくじ)(建築工事)は本丸のみの未完成に終わった。本丸には、天守は建てられず、7棟の二層隅櫓と2棟の櫓門が建てられたことが、絵図などの記録と発掘調査によって確認されている。上田城は仙石氏の後、松平氏によって受け継がれ明治維新を迎えた。
 現存する3棟の隅櫓のうち、本丸西虎口(こぐち)(城郭の出入口)に建つ1棟(西櫓)は、寛永期の建造当初からのものであるが、本丸東虎口の2棟(南櫓・北櫓)は、明治初期に民間へ払い下げられ、市内に移築されていたものを市民の寄付により買い戻し、昭和18~24年にかけて現在の場所に復元したものである。これら三棟の櫓は、江戸時代初期の貴重な城郭建造物として、昭和34年に長野県宝に指定された。
 三櫓の構造形式はいずれも共通で、二層二階、桁行(けたゆき)五間、梁間(はりま)四間の妻入り形式である。屋根は入母屋(いりもや)造りで、本瓦を葺き、外廻りは白漆喰塗籠大壁(しろしっくいぬりごめおおかべ)で、腰下見板張(こししたみいたば)り、内部は白漆喰塗りの真壁(しんかべ)となっている。窓は白漆喰塗りの格子(こうし)窓で、突き上げ板戸が付いている。
 なお、本丸東虎口櫓門と袖塀は、明治10年頃に撮影された古写真と、石垣の痕跡、発掘調査の結果などをもとに、平成6年に復元したものである。櫓門と同時に整備された本丸東虎口の土橋(どばし)には、両側に武者立石段(むしゃたていしだん)と呼ばれる石積が設けられ、本丸大手口としての格式を示している。

平成11年3月 上田市教育委員会

櫓門は古写真などを元に、1994年(平成6年)に復元されました。

またその両脇にある南櫓と北櫓は明治維新後に民間に払い下げとなっていたものを1949(昭和24年)に移築復元されました。
移築前は上田遊郭にあった金秋楼(きんしゅうろう)と万豊楼(まんぽうろう)という遊女屋(貸座敷)として使われていたそうです。

なお、もともとこれらの櫓2基がこの場所にあった北櫓と南櫓だったかは定かではなく、民間に払い下げられた西櫓以外の6基の櫓のうちの2つであるということだけがわかっています。

これは南櫓です。江戸時代には「東川手櫓」と呼ばれていたそうです。

北櫓と櫓門です。

北櫓の江戸時代の呼び名はわかりませんでした。

南櫓と北櫓は、現存して徴古館(博物館)として利用されていた西櫓とともに、1953年(昭和28年)から「上田市立博物館」として、1965年(昭和40年)に現在の博物館が開館するまで使用されました。

現在、復元櫓門と南北櫓は内部を見学することができます。
見学料は上田市立博物館と共通になっています。

そのまま櫓門に入れます。

窓からは虎口の橋が見えます。

北櫓は撮影不可となっていますが、なかではビデオが上映されています。

櫓門の内側に案内板があります。

本丸東虎口
 現在、本丸の東西虎口には3棟の櫓が残っています。
 東虎口にある南北2棟の櫓は明治8年(1875)に民間に払い下げられ、上田城の北方、太郎山山麓の上田遊郭に移築されました。昭和16年(1941)には市内の建築業者から東京の料亭に転売されるという事態が起こりましたが、市民らにより上田城址保存会が結成され、2棟の櫓を買い戻しました。その後、戦局の悪化による中断をはさみながら同24年(1949)に現在地に復元。南櫓・北櫓と名付けられ、上田城跡のシンボルとして人々を迎えることになりました。昭和34年には、西櫓とともに長野県宝に指定されています。
 また現在東虎口にある櫓門は、古写真等を根拠に平成5年度に復元したものです。

尼ヶ淵から見た南櫓です。

   
この記事のURLとタイトルをコピーする
表示の崩れや内容の補足・訂正があればぜひご指摘ください フィードバック
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

上田城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る