上田城
上田城

[長野県][信濃] 長野県上田市二の丸


  • 平均評価:★★★★☆ 3.68(35位)
  • 見学時間:1時間14分(40位)
  • 攻城人数:4681(12位)

真田石

本丸東虎口の復元櫓門横の石垣に真田石と呼ばれる直径3mの巨石があります。

真田昌幸が上田城築城の際に太郎山から掘り出したこの大石を「真田石」と名付け、のちに上田領を引き継いだ嫡男・信之が松代へ移封となった際にこの石を家宝として持っていこうとしたが微動だにしなかったという伝承が残っています。

真田石
 大手の石垣に巨石を用いる例は多く、城主はその権威を示すために、大きさを競ったという。真田石は、真田信之が松代に移封を命じられた際に、父の形見として持っていこうとしたが、微動だにしなかったという伝承がある。現在ある石垣は仙石忠政が造ったものであるが、真田石に寄せる人々の敬愛の情がうかがえる伝承である。
   

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刀狩り: 武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 965)

築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。

まーちゃんさん)

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