現在、金沢城の本丸にはなにも残っていませんが、かつてはここに天守や本丸御殿がありました。
本丸(ほんまる)
古くは金沢御堂(かなざわみどう)があった場所と伝え、天正十一年(一五八三)の賎ヶ岳合戦後、前田利家が入城し、天正十四年(一五八六)頃に天守閣を設けたといわれる。
天守閣は慶長七年(一六〇二)に焼失し、代わって三階櫓が建てられた。寛永の大火(一六三一)までは本丸に御殿がおかれ、金沢城の中心であったが、大火後は二の丸に移った。
現在、金沢城の本丸にはなにも残っていませんが、かつてはここに天守や本丸御殿がありました。
本丸(ほんまる)
古くは金沢御堂(かなざわみどう)があった場所と伝え、天正十一年(一五八三)の賎ヶ岳合戦後、前田利家が入城し、天正十四年(一五八六)頃に天守閣を設けたといわれる。
天守閣は慶長七年(一六〇二)に焼失し、代わって三階櫓が建てられた。寛永の大火(一六三一)までは本丸に御殿がおかれ、金沢城の中心であったが、大火後は二の丸に移った。
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