金沢城
金沢城

[石川県][加賀] 石川県金沢市丸の内


  • 平均評価:★★★★☆ 3.80(25位)
  • 見学時間:1時間37分(15位)
  • 攻城人数:4410(17位)

本丸南面の高石垣

金沢城の本丸南面にある石垣は、城内でも随一の高さを誇る高石垣でした。

本丸南面の高石垣(辰巳櫓下〜申酉櫓下)
 自然面を残す粗割石を積み上げた割石積み石垣です。明治時代に上部が取り壊されて現状の姿になりましたが、もとの高さは約十二間(約22m)以上ある城内随一の高石垣でした。

創建:慶長年間後期(1610年代)
改修:寛文(1661〜1673)頃、元文元年(1736)、安永6年(1777)、安永9年(1780)、文化13年(1816)
現状:上部は明治時代に撤去・改変、下部は概ね藩政期の姿を留める
   

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刀狩り: 武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 965)

築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。

まーちゃんさん)

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