二条城
二条城

[京都府][山城] 京都府京都市中京区二条城町541


  • 平均評価:★★★★☆ 3.82(30位)
  • 見学時間:1時間29分(37位)
  • 攻城人数:2354(7位)

二の丸御殿

二の丸御殿は江戸時代の武家風書院造りの代表的な御殿で、ここの大広間で1867年(慶応3年)10月に15代将軍・徳川慶喜が諸藩の重臣を集め、大政奉還を発表しました。

構造は玄関である車寄(くるまよせ)につづいて、遠侍(とおざむらい)、式台(しきだい)、大広間(おおひろま)、蘇鉄の間(そてつのま)、黒書院(くろしょいん)、白書院(しろしょいん)の6棟が東南から北西にかけて雁行に立ち並んでいます。

御殿内部は撮影不可のため、二の丸庭園側からの写真で紹介します。
まずは左から大広間、式台、遠侍です。
遠侍は、1611年(慶長16年)に徳川家康豊臣秀頼と会見した際に使われた部屋です。

庭園側から見た大広間です。
大広間は将軍が諸大名と対面した部屋で、二の丸御殿の中でもっとも格式の高い部屋です。一の間は広さ48畳、二の間は44畳となっています。
また二の間は後水尾天皇の行幸の際、南庭につくられた能舞台の見所に使われました。

大広間の南面
大広間の西面

庭園側から見た黒書院です。
黒書院は将軍と親藩大名・譜代大名の内輪の対面所として使われました。大広間より若干規模は小さいものの、部屋飾りはより技巧的です。襖絵は狩野探幽(かのうたんゆう)の弟、尚信(なおのぶ)の作品です。

黒書院の南面(右側は大広間)
黒書院の西面
黒書院の西面

庭園側から見た白書院です。
白書院は将軍の居間・寝室として使われた部屋です。内部の装飾も大広間や黒書院とは趣向が異なっています。絵画は狩野興以(かのうこうい)または長信(ながのぶ)によるもので、居間にふさわしい水墨山水画となっています。

白書院の西面

建物面積3300m2、部屋数は33もあり、畳は800畳あまり敷かれています。
全国でも数少ない現存御殿で、国宝や世界遺産に指定されています。
(ちなみに現存御殿は二条城二の丸御殿のほかに、川越城高知城に本丸御殿が、掛川城に二の丸御殿が残っています)

二の丸庭園に抜けるところに釣り鐘が置いてあります。

釣鐘について
 この鐘は、幕末の政変の時期、二条城と北側の所司代との連絡に使われたものです。鐘は二条城と所司代に設置され、二条城では東北隅の艮櫓跡に所司代の千本屋敷から火の見櫓を移築し、鐘楼も建て、鐘が設置されました。
 幕府の政務の場であった二条城と所司代は幕末の混乱の中、薩摩・長州など朝廷側の動向に備え、鳥羽・伏見の開戦など非常時の連絡をつげ、明治に入ってから二条城に京都府が置かれた時も非常時に備え使用されていました。元離宮二条城事務所
   
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