二条城
13 二条城

[京都府][山城] 京都府京都市中京区二条城町541


  • 平均評価:★★★★☆ 3.74(39位)
  • 見学時間:1時間30分(60位)
  • 攻城人数:1824(7位)

本丸櫓門(本丸東櫓門)

本丸櫓門(本丸東櫓門)は入母屋造、本瓦葺きの櫓門で、1626年(寛永3年)に徳川家光が造営した本丸内の建物のうち、1788年(天明8年)に起きた「天明の大火」で唯一焼け残った遺構です。
国の重要文化財に指定されています。

二条城の縄張りは輪郭式で、本丸は内堀で囲まれていますので、本丸に入るにはこの本丸櫓門を通ることになります。

内堀の北側から見た本丸櫓門です。
左手前に見えるのが鳴子門、真ん中奥に見えるのが桃山門です。

橋(東橋)の上から見た内堀です。

内堀北側(右奥に見えるのが鳴子門)
内堀南側(右奥に見えるのが桃山門)

橋をわたって、本丸側から見た本丸櫓門です。枡形構造の強固な門だったことがよくわかります。

なお石垣が割れているのは「天明の大火」による火事の痕跡です。
(花崗岩は中に空気が入ってるから膨張して破裂する)

廊下橋

本丸櫓門の正面は窓や狭間もなくただの白壁になっていますが、これには理由があります。
後水尾天皇の行幸時、行幸御殿から天守まで地上に降りることなくたどりつけるよう、本丸櫓門の2階部分に二の丸と本丸をつなぐ廊下橋がありました。

具体的には二の丸御殿の黒書院と行幸御殿から伸びる廊下が溜蔵(たまりぐら)へ通じており、溜蔵で2階に上がって廊下橋(二階廊下と橋廊下)を使って内堀をこえ、本丸櫓門の2階を通り抜けて、本丸御殿の遠侍へ入りました。

廊下橋[二条城]
提供:香川元太郎 | 廊下橋[二条城]

2階は天皇一行や将軍のみが使用したため、内部は黒漆で赤絨毯だったそうです。
1687年(貞享4年)に2階廊下部分が取り壊され、1704年(宝永元年)には1階の橋もかけ直されています。

なお、溜蔵と橋の手前までの二階廊下は昭和に入るまで残っていましたが、1930年(昭和5年)に解体されました。
しかしその部材はまだ残っており、今後の復元が計画されています。

ちなみに現在はこのように門の内側(本丸側)に2階へのぼる階段があります(使用禁止)。

   
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