別名 高梁城
備中松山城は現存12天守の中では唯一の山城であり、現存天守でもっとも高い所にある城です。日本三大山城のひとつでもあります。海抜約480mの臥牛山の山頂付近に本丸があるため、山の中腹(8合目)にある駐車場から歩いても30分近くかけてのぼることになります。現存天守の中ではもっとも訪問しづらい城といえます。また江戸時代、城主をつとめた水谷氏がお家断絶になったため、『忠臣蔵』で有名な赤穂藩主・浅野長矩の管理とされ、城の受け取りには家老である大石内蔵助が訪れています。そのため山頂にのぼるルートにはそのときに休んだとされる「大石内蔵助の腰掛け石」があります。時期や条件が整えば、竹田城のように雲海に浮かぶ姿を見ることができます。
備中松山城を訪問した3054人の報告によれば、平均見学時間は1時間40分、平均評価は4.17点となっています。
目次
備中松山城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
備中松山城に関するデータ 情報の追加や修正
430 m( 340 m)
内郭:-- ha 外郭:-- ha
2重2階
11 m
2.7 m
200 m2
1605年(慶長10年)に小堀政一が修築を行ったとされるが天守の規模は不明。現存する天守はその後、1681年(天和元年)に水谷勝宗が幕府の許可を得て修築を行なったもので、1683年(天和3年)に完成した。
秋葉重信
着工 1240年(仁治元年)
1874年(明治7年)
三村元親、小堀政一、水谷勝宗
三村氏、小堀氏、池田氏(6万5千石)、水谷氏(5万石)、安藤氏(6万5千石)、石川氏(6万石)、板倉氏(5万石)
現存天守、櫓、塀、石垣、土塁
国の重要文化財(天守、二重櫓、土塀)、国史跡
櫓、門、塀
登録日:2013/11/17 17:35:45
更新日:2024/10/15 19:55:33
備中松山城の見所や歴史などを紹介します。
見学情報・施設案内 情報の追加や修正
12月29日~1月3日
あり
なし
可
---
備中松山城の見所は城メモをご覧ください
さらに先の週間天気予報については気象庁のサイト 等で確認してください。
備中松山城へのアクセス情報 情報の追加や修正
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。 フィードバック
備中松山城とあわせて訪問するのにオススメのお城です。
備中松山城の周辺にあるホテルや旅館を表示しています。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
備中松山城の周辺3km以内にあるスポットを表示しています。
備中松山城について参考になると思われるインターネット上の情報へのリンクです。すべて別ウィンドウが開いて表示されます。
訪問レポートなど、これまで攻城団に公開された関連記事の一覧です。
備中松山城では過去に以下のようなイベントが開催されたり、ニュースが紹介されました(1年以内の情報だけ表示しています)。
備中松山城をベストキャッスルに選んだ団員によるオススメコメントです。たくさんある場合はランダムに表示しています。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する