備中松山城
備中松山城

[岡山県][備中] 岡山県高梁市内山下1


  • 平均評価:★★★★☆ 4.18(7位)
  • 見学時間:1時間49分(6位)
  • 攻城人数:2161(29位)

与謝野夫婦が備中松山城を詠んだ歌

1916年(大正5年)の秋、歌人の与謝野夫婦が備中松山城のある高梁を訪れたそうです。
そのときに与謝野寛(よさのひろし)が詠んだ歌が石碑になっています。

松山の渓を埋むるあさ霧にわが立つ城の四方しろくなる与謝野寛

与謝野寛は与謝野鉄幹(よさのてっかん)という名前のほうが有名ですね。
奥さんの与謝野晶子も次のような歌を詠んでいます。

瀬戸の海伯耆に霧の分れ去りあらはになりぬ傷ましき城与謝野晶子

ふたりは油屋旅館(岡山県高梁市本町38)を宿に、備北路の紅葉をめぐる6日間の旅を楽しんだそうです。
当時はまだ天守も修復されていなかったそうですが、早朝から臥牛山に登り、備中松山城や高梁の風景を詠みました。

なお、油屋旅館はいまでも泊まれます。

   

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将軍の日本史 (MdN新書)

源頼朝から徳川慶喜まで「幕府の長としての将軍」39名がずらりと並んでいる。ビッグネームも儚い存在も一人ひと項目ずつ(同一人物だが足利義材と義稙は二つの項目に分けて)公平に取り上げた「総覧」だ。
出色はコラムで、将軍になれそうでなれなかった面々の紹介が面白かった。その一人、尾張藩主・徳川宗春は地元では「名君として愛されていた」とか。いつか名古屋城攻城の暁には郵便ポストの上の宗春公も見てこようとグーグルマップに印をいれたところだ。
私は歴史に疎く見逃しが多いが、将軍を軸にして日本史の常識をこの「総覧」は補ってくれる。「日本坊主列伝」とともに貼りまくった付箋のところを読み返し、城下町探索に深みを持たせたい。

山鳩さん)

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