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昔から歴史、特に、日本史が好きでしたが、4年前に、GPSで城巡りする他サイトで城巡りをポ◯モンGo的に始めたのが、城巡りの始まりで、その延長上で情報集めをしていた時に、巡りあったのが、攻城団でした。攻城団には、現地を攻城して、土塁や石垣、堀や建造遺構、銅像などをみる楽しさを教えてもらいました。今は、月1回ほどの遠征や日帰り旅で攻城すること、その事前の情報集めやスケジュールを組んだりすることも楽しんでます。現地の名物を食べたり、お土産買ってくるのも楽しんでます。よろしくお願いいたします。

なまさんが過去に回答した読者投稿欄のお題

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すっかり、締切後ですが、本城(自宅)を大阪に持つ身としては、やはり、コメントしておきたく…。
1つ目は、文句なく大坂城ですね。関東出身の私でも、やはり、豊臣大坂城を選びたいです。規模、歴史的背景など、全て文句無しです。
2つ目の岸和田城も水堀越しにみる模擬天守や庭園の美しさで、文句無しです。
3つ目が迷いどころで、私は、選ばれた飯盛城が未攻城であるし、他の候補だと、遺構はあまり遺されていませんが、歴史的背景の高さで、千早城、竪堀や大手石垣がよかった芥川山城、最近畝堀が見つかった高槻城など、気になる城も多いです。なので、飯盛山城の攻城まで、3つ目は、未選定とします。

基本的に公共交通機関で攻城している私は、離島や自動車じゃないと厳しいところはなかなか攻城できないですね。それと、獣害や熱中症、積雪などを気にしないといけない山城は、攻城するタイミングはどうしても限定されてしまいます。関東、関西が拠点になる私には、北海道や九州、北東北はなかなか攻城が難しいですね…。
以上の観点から選ぶと以下になります。
①離島のため、公共交通機関での攻城が難しい
 対馬にある金田城です。朝鮮半島との最前線にもなっていたし、一度は行ってみたいです。
②雪国の山城でなかなか攻城のタイミングが難しい。
新潟県の鮫ヶ尾城です。御館の乱の舞台で、一度攻城しようとして、近隣のホテルを予約しましたが、コロナ禍と積雪で取り止めてます。
③立地の関係で攻城が難しい。
北海道の根室チャシ群です。普通に旅行するにも難しい場所ですが、やはり一度見てみたいです。

徳川家康と信康、武田信玄と義信など、最強親子になる要素がありながら、残念ながら、陰謀などにより横死しているケースや長宗我部元親と信親、毛利元就と隆元のように若くして息子が戦死や病死して最強親子になれなかったケースが私は、もし、生きていたら…と考えたりします。
最初に、立花道雪と宗茂親子を最初に挙げます。
宗茂の実父の高橋紹運との組み合わせでも可だと思います。宗茂の才能を見抜いて、道雪が養子に迎えるまでの経緯も興味深いです。
次に、真田昌幸と信繁親子を挙げます。信幸との組み合わせもありだと思いますが、やはり、信繁の大阪の陣での活躍でこの組み合わせかな、と思います。
最後は、毛利元就と小早川隆景、吉川元春かな、と思います。一人で高い能力の子供たちが、隆元も含め、三人揃っていて、また、有名な三本の矢の話もあって、やはり最強親子かな、と思います。

好きな城門ですが、私は、やはり、飾りがあったりする門が好きかな、と思います。実用的ではないのかもしれないのですが、やはり、目がいってしまいます。

そういう意味では、やはり、二条城の唐門は好きですね。
二条城は、唐門だけで、30分使ってしまいます。

また、同じような観点で、琵琶湖の竹生島にある大阪城からの移築の極楽橋の唐門が好きです。二年前に、竹生島に行ったときは、改修の真っ最中で、きちんと見れませんでしたので、また、いつか行ってみたいと思っています。

この質問、面白いですね。
そういえば、武士で選ばれた方って、いないですよね。
特に、戦国期は皆無です。なぜだかはわからないですが、戦国期は、日本国としては、政治的・経済的にはあまり発展していなかったりしていたからかなぁ、と思ったりします。もし、戦国武将から選ぶとしたら、やはり、三英傑なのかな、と思います。信長の楽市楽座、関所の撤廃などの政策、近江商人の礎を作ったところ、秀吉は、大坂発展の礎を作り、農民から天下人になり、一代で財をなした点、家康は、その後300年続く泰平の世を作った点で、経済的な貢献度は高いと思います。こういう質問があると、私は、ベタな回答を選ばないことが多いのですが、こればかりは仕方ないのかな、と思います。券種は、難しいところですが、一万円は、家康公かな、と思います。
次点としては、領国経営の巧みさで、武田信玄、上杉謙信でしょうか。

仕事をリタイアした時に、今まで集めた攻城した先のパンフレットや立ち寄った観光施設のパンフレットなどをまとめて、写真と一緒にまとめたいと思っていたので、ステイホーム期間中は、それを10年か20年先取りでしていました。お城エキスポでもらってきたパンフレットとかも3年分あったので、重複したりしたのを整理したり…。作業中、また、パンフレットを見直したりしてしまって、あまり進みは良くないのですが…。
また、これから攻城遠征計画を乗り換えアプリを使って、タイムスケジュールを立てたりしています。その際に、攻城団の御城印一覧や皆様の攻城メモ、城メモは、すごく参考にしています。

50代のおじさんのオススメで、恐縮ですが…。
やはり、現存天守閣があって、城そのものが美しい姫路城、松本城が一番のオススメかと思います。街ごと楽しめますし、天守閣それだけで、楽しめるかな、と思います。

次に、天守閣はないですが、山中城なんかは、障子堀がワッフルみたいな感じで、かわいらしい感じですし、ある意味、映えスポットかもしれません。説明板も充実してますし、天気が良ければ、富士山も見えます。近くに三島スカイウォークもあるし、バスの乗り方次第で、箱根にも出れます。

最後に、富山城をオススメします。庭園越しや水堀越しの模擬天守は、けっこう見所だと思います。名産やグルメなんかもたくさんあるので、城以外の観光も楽しいと思います。添付した画像のようなビューポイントを設置したりもしています。

戦国期には、たくさんの名軍師がいて、迷いますが、私が最初に思い浮かべたのは、活躍の時期は短いもののその名をしっかり残している竹中半兵衛です。逸話の多くが三國志などになぞらえてるものが多く、後世の創作と言われてしまってる一面もありますが、間違いなく、秀吉公の前半を支えた方だと思います。
2人目は、山本官兵衛です。武田信玄の躍進を支えたのは、この方だと思います。川中島で無念の死を迎えてしまいましたが、もし、もう少し長生きしていたら、その後の武田の命運はどうなっていたのかな、とも思います。
3人目は、あまり知られていないですが、白井入道浄三です。この方は、下総国の臼井城にて、関東進出を目論む上杉謙信の攻城に対して、知略と占術を駆使して、撃退した功労者です。軍神上杉謙信にとって、最大の敗北と言われていて、上杉謙信の関東進出の野望が事実上潰えてしまった戦いでもあります。
他にも、名軍師と言われている方がいますが、家老であったり、大名や武将として有名な方がほとんどでしたので、この三名の方を選んでみました。

攻城当時、体重が一番重かったってのもあると思いますが、三大山城の一つ、奈良県の高取城が一番きつかったです。麓からすべて徒歩で登りましたが、息も絶え絶えしながらの攻城で、当時から四年経過してますが、いまだに、あれ以上にきつい経験はないです。ただ、そんな山中にあった高石垣をみた感動を越える体験も、いまだにないです。
同様のきつさで言うと、大阪の千早城もきつかったです。高さ的には、高取城よりも低いですし、階段状の参道も整備されていますが、角度としてのきつさは、今までで一番でした。鎌倉幕府軍が苦戦したのも納得です。あの角度で上から岩やら木材やらが降ってきたら、ひとたまりもなかったんじゃないかと思います。
最後に、きつさの内容が少し違いますが、福島県の小手森城をあげます。登城口に鳥居があり、本丸あとに愛宕神社があるのですが、鳥居から先は、参道というよりは山道で、そこを越えると150段くらいの石段を登ります。時間は、15分くらいなのですが、心細さが増すような感じがたまらないのと、疲れて休むと、ものすごい数の蚊の襲来にあい、耳の中にまで入ってきたりして、うんざりしました。伊達政宗の小手森の撫で斬りで有名な城なので、攻城したかった城あとではあるものの、登城する前には、覚悟が必要な城あとだと思います。

2020年現在は、大河ドラマの真っ最中なので、なんとなく、明智方にいきそうな感じです。黒幕説とかそういう事情や情報を持っていなかったとして、当時の空気感は、どういう感じだったのかな、と思います。織田信長公の楽市楽座や関所の撤廃といった施策やしがらみや家柄に左右されず、能力主義なところは、時に厳しく家臣に求めたりして、恐れられたり、旧態依然の体制側からも敵視されていただろうけど、家臣や民衆には支持されていただろうと思います。そうなると、信長に能力を認められ、取り立ててくれたそんな信長公を討った光秀公を支持せず、羽柴方に参陣していたかもしれないです。

ただ、現代にいて、羽柴秀吉黒幕説なんてのが出て、それが本当にそうだとしたら、そういう謀略を使い、騙し討ちにした秀吉は許せないので、光秀方に参陣するかもしれないと思います。

いろいろ楽しく読ませていただいているので、これっといったものはあげられませんが、武将の話題なんかは、好きです。最近だと明智光秀関連のものや本能寺の変関連だと思わず読んでしまいます。また、御城印の一覧を都度更新していただいていますが、こちらは、お気に入り登録して、遠征計画を練ったりする時には、開いてルート決定の参考にしています。

戦国時代の好きな女性…ちょっと迷ってしまいました。平安時代末期の源平合戦の時の源義経公の妾だった静御前や木曽義仲の妻や妾とも呼ばれてもいる巴御前なんかが好きな歴史上の女性ですが、戦国期となると…。

浅井長政、柴田勝家に嫁いだ織田信長の妹のお市の方ですかねぇ…。戦国一の美女と言われた話もさることながら、信長公に、男に生まれたなら、武将としても一流だったと言わしめた才覚もまた、好きな要素の1つです。創作の話もありますが、金ヶ崎の戦いの際の小豆の話なんかもいいな、と思います。
また、常に厳しい状況に置かれながらも、織田家や浅井家を絶やさないよう、心を尽くした生き方もまた、好きな要素の1つです。

私が真っ先に思いついたのが、斎藤道三、北条早雲、松永久秀でした。この中で、松永久秀は、信長に対する二度に渡る裏切り、将軍の暗殺、主君の子供たちの暗殺など、伝えられている内容だけなら、一番の梟雄かな、と思います…。ただ、実際には、根拠となる資料はあまりないらしく、実際にはどうなんだか、ということらしいですが。三大梟雄の一人、宇喜多直家公も権謀術数の限りを尽くして、気に入らない武将と姻戚関係を結んで油断させ、様々な謀略を尽くして、毒殺したり、追い込んだりしたとのことで、弟の忠家なんかは、直家に会うときには、鎖帷子を着て会っていた、という話もある方だそうです。ただ、松永久秀は、主君の三好長慶存命中に、裏切りなどの行為はなく、忠実に尽くしていたようですし、宇喜多直家も家臣は大切にしていて、自分の生活を質素にしてまで、家臣の俸録を捻出したって話もあるみたいで、梟雄と呼ばれた人たちも愛される一面があるからこそ、世に名を残しているんだな、と思ったりします。

単身赴任二年目だった2019年は、今まで訪問していなかった地域を攻城できた一年でした。2020年もまだ、単身赴任が続くようなら、今年攻城しようとして出来なかった北陸方面に攻城したいと思っています。春日山城や高田城、富山のお城にいってみたいと思っています。バッヂについては、攻略まであと数城のバッヂを攻略して、三つは獲得できたら、と思っています。

明智光秀公は、誰もが知っている方ではあっても、前半生がはっきりしてない、最後、なぜ、信長公を攻めたのか、など、謎の部分が多すぎる方でもあります。私は、光秀公は、自身が天下をとることは考えていず、滅私奉公に徹していた方だったのではないかな、と思っています。本能寺の変も誰かと手を組んだものだったと思います。たった七日とはいえ、天下に大号令を出すこともできたのではないか、もしくは、なにがしかの形で自分の正当性を主張する文書を遺していると思えるのですが、それをしていないのは、誰かと手を組んでいて、その方への配慮だったのかな、と思います。(遺していたものを手を組んだ方に消されてしまった可能性もありますが) ある意味、古くからの伝統を守り、良き補佐役、No.2の方だったのかな、と。悪くいうと、頑固で融通がきかない面があり、謀略や地ならしのようなやりとりはあまりできない方だったのかな、と思います。

都道府県バッジシリーズに初めて投稿します。今回のお題が実は一番難しいような気がします。"初心者でも楽しめそうな"なら、天守閣や御殿があるお城であるのだろうから、福知山城、伏見城(中には、はいれませんが)、二条城でしょうけど、"歴史的に重要でまた、有名な"のを初心者が楽しめるととらえるとなると、亀山城、勝竜寺城なんかも入ってくるし、"城"ととらえるの?って考えも出てくるけど、聚楽弟なんかも入ってくるし…。結果、一番分かりやすく、二条城と福知山城に、来年の大河を絡めて、勝竜寺城を私は、推薦します。

バッジに選ばれた三城とも100名城、続100名城に選ばれていて、遺構もしっかり遺された素晴らしい城あとで文句なしなのですが、地元の里見氏の居城が一つも選ばれていていないので、あえて、バッジの三城を外して選考します。
一つ目は、久留里城。里見氏の遺構のみならず、上総武田氏の時や近代の久留里藩時代の遺構も遺されていて、近くには古戦場もあります。二つ目は、館山城。どうしても、模擬天守閣に目がいきますが、土塁、堀切、水堀などもきっちり遺されています。3つ目は、悩みどころですが、前期里見氏の居城、稲村城か近代の台場あとなども遺されている里見水軍の基地でもあった造海城をおすすめいたします。里見氏関連の城あとは、昨年の台風被害で大ダメージを受けているところが多く、攻城は難しくなっていますが、機会がありましたら、ぜひ攻城してみたいと思います。

いろんなお城に行くと、"~を大河ドラマに"って、よく目にしますよね。我がふるさとの里見氏や北条氏康公も取り上げてほしいですけれど、私は、島津義弘公と長宗我部元親公、このお二方を取り上げてほしいです。私が調べた限りは、お二方とも幕末で地域的に取り上げてもらうためか、一度も大河ドラマ化されていません。島津義弘公は、九州制覇の過程とか朝鮮出兵、関ヶ原などの戦い、島津四兄弟や家臣との絆なんかを長宗我部元親公は、四国統一の過程、信親公を亡くしたりの家族とのことやはては、本能寺の黒幕説にまで踏み込んだりしてくれたら、と思います。

個人的な好みとしては、東軍の大将が好きではないので、西軍の方に参陣したいです。小学生くらいの時には、なんでか東軍=正義、西軍=悪のような意識があって、その時は、たぶん東軍って答えていたように思います。ただし、一族や家の長であるなら、真田氏や九鬼氏のように、親や兄弟を二つに分けて参戦してるかもしれないですね。あとを継ぐ方には、勝つ可能性で東軍に属してもらう方がいいと思います。

どれかを決めるのは難しいのですが、大きくは、3つ。中井貴一さんが武田信玄を演じた風林火山(タイトル、間違っているかも)、渡辺謙さんが伊達政宗を演じた独眼竜政宗、それと真田丸。風林火山と独眼竜政宗は、大河を毎週見るようになったきっかけになった作品で、すごく印象に残っています。どれかを選ぶなら、それまでの信玄公のイメージとは違うのに、みごとに中井貴一さんが演じきった風林火山かなぁ、と。それ以前にも、良作はあると思いますが、リアルタイムでは見れていないので。

一人でいきます。天守閣のない城跡って、なかなか理解されないし、山城だと、しんどいみたいなので…。

真田昌幸、信繁親子は好きな武将ではあり、仕えたい武将でありますので、理想の上司かもしれないのですが、今回は、3名挙げたいと思います。1人目は、豊臣秀長公です。ナンバー2ですが、豊臣政権が磐石になったのは、秀長公の貢献も高いと思っています。また、秀長公がいなかったら、晩年の秀吉のおかしな政権運営をもたせることができずに、もっと早く崩壊していたかもしれないと思います。もう一人は、片倉小十郎です。豊臣秀吉からの誘いを断った話は好きで、伊達政宗公を常に支えていた姿勢は、ついていきたい、支えたいと思う理想の上司像です。最後は、立花宗茂公です。有能であり、部下や領民にも慕われた武将であるけれども、関ヶ原の戦いで西軍についたために一度は改易の憂き目にあいながらも、最終的に、旧領に復帰するストーリーが好きで、もし仕えるなら、改易の期間も、旧領に復帰するまでも支えていきたいと思わせる方だと思います。2020年9月追記。興国寺城を攻城して、天野康景顕彰碑の説明板を読んで、天野康景公を追加したいと思います。説明板には『康景公の部下が領内の竹や木材を盗もうとしたものを切り捨てたら、その盗人は、天領の領民だったため、その天領の代官と争いとなり、幕府からは、部下の処罰を求められたが、拒絶し、最終的に康景公は出奔し、興国寺城は、廃城となった』と。逃げ出したのはいただけないのですが、部下を守るために、封建社会の上位組織と闘った姿は尊敬できます。

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今日のレビュー

戦国軍師入門 (幻冬舎新書)

戦国時代の有名な合戦を軍師にスポットをあてて解説がなされており、また代表的な16人の軍師の生涯もわかりやすく解説されており何度読んでも、どこから読んでもを楽しめる本です。

まるさん)

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