七尾城
七尾城

[石川県][能登] 石川県七尾市古屋敷町タ8-1


  • 平均評価:★★★★☆ 3.77(--位)
  • 見学時間:1時間13分(--位)
  • 攻城人数:1665(97位)

三の丸

主要曲輪群で最北端にある三の丸は南北110m×東西25mと七尾城の曲輪の中では最大規模を誇ります。
安寧寺の上に位置しています。

三の丸と二の丸は七尾城で最大規模の堀切で仕切られており、本丸を中心とする主要部と三の丸のある曲輪群が大きく区切られていますが、石塁や石列が残っており、家臣の屋敷跡があったと推察されています。

また虎口には石垣で固めた櫓台があり、この付近は前田利家による改修と考えられています。

三の丸跡(さんのまるあと)
 南北一一〇m、東西二五mを測り、曲輪(くるわ)の中で最大規模を誇る。
 南側の二の丸とは、深い「堀切り」で仕切られ、本丸を中心とした主郭(しゅかく)とは別の曲輪群(くるわぐん)を構成する。
提供:七尾市教育委員会文化課(赤丸は攻城団が加筆)
   

この記事をいろんなキーワードで分類してみましょう。

この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

七尾城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

近世鉱山をささえた人びと (日本史リブレット)

「日本史の知識をアップデートするための勉強会」の見逃し配信を見ていて黒まめさんが紹介していたので復習のつもりで読んでみました。この本を読むまでは鉱山労働は浮浪者、囚人等一般社会から隔離された人が行っているという悪いイメージを持っていましたが、この本を読んで江戸時代の一つの社会として成立していて近代に繋がっている事を知りました。大部分の藩は年貢米を大坂に集められて現金化していたようですが、金山、銀山等が領内にある藩(この著書では秋田藩)はここが年貢米を換金する藩財政に取って重要な場所であったようです。また、農民による一揆はよく耳にしますが、鉱山労働者も労働環境改善の為に一揆を起こしていたことが書かれていました。と、言うことで江戸時代の鉱山社会を理解したい方にお勧めの一冊です。

まーちゃんさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る