崇福寺は臨済宗大徳寺派の寺院。福岡藩主黒田家の菩提寺でもあります。
山号は横岳山(おうがくざん)といいます。
1240年(仁治元年)に湛慧が大宰府横岳に創建した寺で、1586年(天正14年)には島津氏と大友氏の間でおこなわれた岩屋城の戦いの際に焼失するも再建されています。
その後、1600年(慶長5年)に福岡藩初代藩主・黒田長政によって現在地に移転されました。黒田氏の菩提寺として庇護を受けることとなり、境内には黒田孝高や長政らの墓所があります。
博多の豪商で楢柴肩衝(ならしばかたつき)を所有していた嶋井宗室の墓もこの崇福寺にあります。
福岡城の表御門は1918年(大正7年)に陸軍により払い下げられ、1920年(大正9年)に崇福寺山門として境内に移築されました。
また、名島城の遺構と伝えられる唐門も移築されており、いずれも県指定文化財(建造物)に指定されています。