安土城
安土城

[滋賀県][近江] 滋賀県近江八幡市安土町下豊浦


  • 平均評価:★★★★☆ 4.03(8位)
  • 見学時間:1時間40分(9位)
  • 攻城人数:4378(18位)

織田信雄の供養塔(伝長谷川秀一邸跡)

長谷川秀一邸跡には織田信雄とその子孫の供養塔があります。

信雄の五男・高長は1632年(寛永9年)に信雄の菩提寺として徳源寺(宇陀市)を建立し、信雄から信武まで4代の遺骸が埋葬されていましたが、5代・信休の柏原転封にともなって、総見寺の寺域であった現在の場所に改葬されています。
(余談ですが、信休以降の廟所は丹波市にあります)

織田信雄公四代供養塔

初代信雄公徳源院殿實巌眞公大居士
  寛永七年四月三十日 七十三才

四代信武公圓明院殿定岩宗恵大居士
  元禄七年十月三日 四十才

三代長頼公徳雲院殿回岩宗頂大居士
  元禄二年四月三日 七十才

二代高長公瑞泉院殿一岩宗徹大居士
  延宝二年八月十八日 八十五才

なお、数多くいた信長の子息の中で、江戸時代に大名として存続したのは信雄の系統だけです。
安土城に火をかけたとも伝えられる信雄の供養塔がこの地にあるというのも不思議な縁ですね。

また、長谷川秀一は織田信長に小姓として仕えた武将で、信長の男色相手として深く寵愛されたそうです。
信長の死後は秀吉に仕え、文禄の役では、兵5,000人を率いて朝鮮へと渡り、文禄3年(1594年)2月に病のため同地で亡くなりました。

   

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今日のレビュー

平安京の四〇〇年:王朝社会の光と陰

10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。

まーちゃんさん)

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