別名 北庄城、柴田氏北ノ庄城

北ノ庄城は織田信長の有力家臣である柴田勝家によって築かれた城で、羽柴秀吉に「賤ヶ岳の戦い」で敗れた勝家が妻であるお市の方とともに自害した城でもあります。このときに天守も含め焼失したため、わずか8年しか存在しなかったのですが、その2年前に宣教師のルイス・フロイスが訪問しており、「城および他の屋敷の屋根がすべてことごとく立派な石で葺かれており、その色により一層城の美観を増した」と記録しています。北ノ庄城は丸岡城の天守と同様に笏谷石製の石瓦で葺かれた、安土城に匹敵する巨城だったと考えられています。現在は柴田公園として整備されており、北の庄城址資料館が建てられています。また、勝家とお市の方を合祀する柴田神社が隣接しており、勝家やお市の方、浅井三姉妹の銅像が建てられています。
北ノ庄城を訪問した1497人の報告によれば、平均見学時間は28分、平均評価は3.01点となっています。
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北ノ庄城に関するデータ 情報の追加や修正
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9.6 m
内郭:-- ha 外郭:-- ha
7重9階(9重の説もあり)
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北ノ庄城は廃城となっていたが、1575年(天正3年)の織田信長による越前平定後に柴田勝家によってあらためて築城され、安土城に匹敵する巨大な天守が築かれた。ルイス・フロイスが1581年(天正9年)に訪問した際も工事中であったようで、天守の工事は数年かかったものと思われる。この石瓦を用いた天守も1583年(天正11年)のいわゆる「賤ヶ岳の戦い」の際に焼失した。
朝倉頼景
着工 1471年(文明3年)
1583年(天正11年)
柴田勝家
柴田勝家
石垣(根石)
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更新日:2026/04/17 03:32:09
北ノ庄城の見所や歴史などを紹介します。
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情報提供元:楽天トラベル
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