北ノ庄城
北ノ庄城

[福井県][越前] 福井県福井市中央1-21-17


  • 平均評価:★★★☆☆ 2.89(--位)
  • 見学時間:26分(--位)
  • 攻城人数:813(132位)

柴田神社の由来

北ノ庄城跡には現在、柴田勝家が祀られている柴田神社が建てられていますが、これは1890年(明治23年)に旧福井藩主である松平春嶽らによって創建されました。
なお、現在の本殿は2002年(平成14年)に再建されたものです。

柴田神社の由来についての案内版がありました。

「柴田神社」の由来
 北ノ庄城は、柴田勝家が築いた城で、九層の天守閣が、天高くそびえていたといわれる。このりっぱな城も、天正11年(1583)4月、羽柴秀吉に破れた勝家は自ら火を放って、夫人お市の方とともに、壮烈な死をとげ、焼失した。
 北ノ庄城の跡地と言われている場所には現在、柴田神社がある。勝家が自害した4月24日には、毎年悲痛な杜鵑(ほととぎす)の声が聞かれるというので、藩政時代のいつころか、ここに石の祠(ほこら)を建て、勝家の霊を祀り、祭祀(さいし)を続けてきた。
 明治23年(1890)、勝家を敬慕する市民有志が、祠の側に石碑をたてた。明治42年(1909)には、現在地に社殿を造営して勝家を神としてまつり、また旧濠を埋めて神苑(しんえん)としたと伝えられている。
   

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今日のレビュー

教科書には書かれていない江戸時代

「教科書には書かれていない」というワードと、教科書会社出版という2つにひかれて手に取った本です。
教科書に書かれている事実(とされている事柄)の間を丹念に埋めるような内容です。
「参勤交代の経済学」は、面白かったです。「大名は本陣に泊まるときには、宿泊料を払わなかった」とか、「『超高速参勤交代』は、超高速じゃなかった」とか、「参勤交代で、行列同士が出会ったら」とか、面白くて一気に読みました。
あとは、「武士道と切腹」「幕末のとある旗本の一生」「天璋院篤姫」「徳川慶喜はなぜ大政奉還したのか」「江戸の庶民」「江戸の学問、名君池田光政と花畠教場・閑谷学校」など、事実だけではなく、そこに至る経緯、人の思惑、顛末など教科書のすき間を埋める事柄がたくさん書かれています。
授業で教えてくれたら、面白かっただろうな、でもきっと決められた時間数では終わらないだろうな、なんて考えながら読みました。

黒まめさん)

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