別名 結城氏北ノ庄城、新北ノ庄城、福居城
お知らせ 詳細

福井城は「関ケ原の戦い」後に、徳川家康の次男である結城秀康によって築かれた城です。天下普請によって築城されました。本丸、二の丸は家康自ら縄張りを行ったという説もあります。幕末の名君、松平春嶽の居城としても有名です。内堀、石垣、天守台などの遺構が残り、石垣は切込接ぎの布積みで積まれているため、大変美しいです。天守台のそばには「福井」の語源由来となったといわれる「福の井」という井戸が残っています。また本丸御殿の一部は第5代、第7代藩主を務めた昌親(吉品)とその母親の高照院の墓所である瑞源寺の本堂および書院として移築されています。天守は現存していませんが、内堀にかかる御廊下橋が復元されています。この橋は屋根付きの珍しい橋です。
福井城を訪問した2499人の報告によれば、平均見学時間は45分、平均評価は3.14点となっています。
福井城は福井藩の藩庁です。
目次
福井城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
福井城に関するデータ 情報の追加や修正
16.3 m
内郭:-- ha 外郭:-- ha
3重5階
---
---
---
当初築かれた4重5階の連結式望楼型天守(28m,天守台含め37m)は1658年(万治元年)と1669年(寛文9年)の二度にわたる大火で焼失した。その後は天守の再建許可が幕府から降りず、以降は本丸南西隅の2重巽櫓を3重に再建し天守の代用としていた。
結城秀康
着工 1601年(慶長6年) 〜 竣工 1606年(慶長11年)
1871年(明治4年)
---
越前松平家
石垣、土塁、堀
---
---
更新日:2026/06/07 19:55:40
福井城の見所や歴史などを紹介します。
福井城へのアクセス情報 情報の追加や修正
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。 フィードバック
各スポットの詳細な位置関係は 周辺地図で確認してください。
最寄りの駅
最寄りのバス停福井城とあわせて訪問するのにオススメのお城です。
福井城の周辺にあるホテルや旅館を表示しています。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
情報提供元:楽天トラベル
福井城の周辺1km以内にあるスポットを表示しています。
より広範囲のスポットは地図検索のスポット表示で確認できます 周辺のお城を表示する
訪問レポートなど、これまで攻城団に公開された関連記事の一覧です。
福井城では過去に以下のようなイベントが開催されたり、ニュースが紹介されました(1年以内の情報だけ表示しています)。
江戸城ガイドツアーで実際にお声を聞いたということもあって、文章が話しかけるような文体なのでこの本片手に江戸城周辺を歩くとまるで黒田先生のガイドを聞きながら一緒に歩いている気分になります。(歩き読書注意)
(お城メインではないので個別レビュー投稿はちょっと迷ったので…お城関係の記載もある「江戸の神社・お寺を歩く(城東編)(城西編)」「江戸の大名屋敷を歩く」「第軍都・東京を歩く」も併せてオススメです。この4冊は江戸城ガイドツアー後の団員総会で購入!)
新書サイズですがガイドブックのように旅のお供に最適だと思います。
自分は東京在住なので散歩のお供にしています。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する