駿府城
駿府城

[静岡県][駿河] 静岡県静岡市葵区駿府公園1-1


  • 平均評価:★★★★☆ 3.54(57位)
  • 見学時間:1時間19分(30位)
  • 攻城人数:3545(19位)

駿府城のパンフレット

駿府城公園二の丸施設管理事務所によって作成された駿府城(駿府城公園)の公式パンフレットです。

提供:駿府城公園二の丸施設管理事務所
徳川家康公と駿府
 今から450年ほど前、徳川家康(幼名 松平竹千代)は人質としての12年間を、今川義元の領土であった駿府で生活しています。後に天下人へと成長していく過程で、家康の人間形成の非常に重要な時期を駿府で過ごしました。やがて駿河国を領国の一つとした徳川家康は、居城として駿府城を天正17年に完成させます。慶長10年将軍職を秀忠に譲った家康は、その翌年駿府を「大御所政治」の拠点の地と定め、現在の静岡市の市街地の原型が造られました。そして、晩年も「大御所」として天下の実権を掌握し、駿府は江戸を凌ぐ政治・経済・文化の中心としてその黄金時代を迎えたのでした。
   

この記事をいろんなキーワードで分類してみましょう。

この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

駿府城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

近世鉱山をささえた人びと (日本史リブレット)

「日本史の知識をアップデートするための勉強会」の見逃し配信を見ていて黒まめさんが紹介していたので復習のつもりで読んでみました。この本を読むまでは鉱山労働は浮浪者、囚人等一般社会から隔離された人が行っているという悪いイメージを持っていましたが、この本を読んで江戸時代の一つの社会として成立していて近代に繋がっている事を知りました。大部分の藩は年貢米を大坂に集められて現金化していたようですが、金山、銀山等が領内にある藩(この著書では秋田藩)はここが年貢米を換金する藩財政に取って重要な場所であったようです。また、農民による一揆はよく耳にしますが、鉱山労働者も労働環境改善の為に一揆を起こしていたことが書かれていました。と、言うことで江戸時代の鉱山社会を理解したい方にお勧めの一冊です。

まーちゃんさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る