山家城は諏訪氏の一族である山家氏の居城として知られています。1481年(文明12年)に小笠原長朝に攻められ、山家氏は滅亡しました。その後、小笠原長時の家臣である折野昌治が山家氏を称し、山家昌治となりこの地を治めていましたが、1550年(天文19年)に武田信玄が信濃府中に侵攻すると寝返って以降は武田氏に仕えました。現在城址には土塁や石積み、連続竪堀などの遺構が良好に保存されており、居館跡とされる山麓の徳運寺から登山道が整備されています。
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260年近く泰平な世の中であった江戸時代、徳川幕府に付いて知りたくこの本を手にした。
徳川政府(徳川幕府の事)とか、禁裏(朝廷の事)とか、聞き慣れない言葉が所々に出てきて最初は違和感を感じ、アメリカの研究者が書かれたものを翻訳されたものなので仕方がないと思っていましたが、最後まで読み終えると、「そうだったのか」と目から鱗が落ちた気持ちになります。
まとめとしては、徳川政府が把握する「表」の歴史と各大名が把握している「内証」の歴史は違う事をお互いに容認することで争い事のない泰平な世が260年近く続ける事が出来たようです。しかし、諸外国の進出により、この状況を理解させられなかったことから幕府の権威が失墜し、明治維新に繋がったということですが、それに繋がる研究事例がよくまとめられていました。
以上の様に、何故江戸時代が260年近くに渡り泰平な世だったかを理解するのにベストな一冊かと思います。
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