多賀城は大和朝廷が蝦夷を制圧するため、軍事的拠点として築いた城柵です。『日本後紀』に登場します。平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられています。陸奥国府のほか、鎮守府が置かれました。現在は国の特別史跡に指定され、政庁跡や城碑、復元された塀などが残されています。また、日本100名城にも選ばれています。
多賀城を訪問した2086人の報告によれば、平均見学時間は1時間3分、平均評価は3.42点となっています。
目次
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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