彦根城
彦根城

[滋賀県][近江] 滋賀県彦根市金亀町1-1


  • 平均評価:★★★★☆ 4.15(5位)
  • 見学時間:1時間49分(5位)
  • 攻城人数:6118(2位)

佐和口多聞櫓

佐和口は南の京橋口、西の船町口、北の長橋口とともに彦根城の4つの門のひとつで、表門に通じる入口として、大手門がある京橋口とともに彦根城の重要な城門のひとつでした。現在の彦根城のメインの入口になっています。
佐和口多聞櫓は、その佐和口を守るための防御の要でした。

彦根駅のほうから「いろは松」に沿って進むと見えてくるのが佐和口多聞櫓です。

上の写真の左側が江戸時代から現存する部分です。
右側は明治のはじめに解体されてしまったものを、1960年(昭和35年)に開国百年を記念して復元したコンクリート造りの建物で、開国記念館となっています。
もともとは中央部分に櫓門があったそうですが、これも1868年(明治元年)に解体されています。

犬走りもありますね。

特別公開中の期間だけですが、佐和口多聞櫓には内側から入ることができます。
馬屋のほうから、二の丸駐車場にまわると入口があります。

二階二重の櫓から入ると、内部はこんな感じになっています。

内壁が波を打ってるようになっていますが、これを「真壁造り」と呼ぶそうです。

窓からは「いろは松」も見えます。

彦根城の城下の様子がわかる模型も展示されています。

佐和口多聞櫓の建立について、詳しいことはわかっていませんが、彦根城がおおよその完成をみた1622年(元和8年)までには建てられていたと考えられています。
その後、1767年(明和4年)に城内で発生した火災で類焼し、現在の建物は1769年(明和6年)から1771年(明和8年)にかけて再建されたものだといわれています。

この佐和口多聞櫓は、1951年(昭和26年)9月22日に国の重要文化財に指定されています。
なお、「多門櫓」ではなく「多聞櫓」なのでご注意。

   

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花押・印章図典

歴史上有名人のサイン帳。花押2045点、印章393点が使用した人物名の五十音順に並んでいる。総勢1,112名には天皇、公家、僧、書家・画家などもみられるが武将、大名が大半かな。花押は肉筆なだけに人柄を想像してしまう。個を立てつつ恭順の気持ちも込めてデザインを考えたのかな、筆の勢いとかバランスとか(本人 or 右筆が)何度も練習したのかなと思うと楽しい。バリエーションの豊さ第1位は伊達政宗で花押21種印章9種。細川忠興の印章で「tada uoqui」とアルファベットを使っているのには目を引かれた。雪舟や長谷川等伯らの名前もあってページをめくっていたらあっという間に日が暮れてしまった。
男性ばっかりと思うなかれ、高台院、光明皇后の印章、そして春日局の花押も掲載されている。巻末には没年順の索引があって光明皇后(701~760年没)はその筆頭だ、偉い。

山鳩さん)

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