二の丸の南外堀に面する石垣上には江戸時代、7つの隅櫓が建てられていました。
ほぼ同じ規模の櫓であったこともあり、名称は「一番櫓」から「七番櫓」まで連番でつけられていたそうです。
この六番櫓もそのひとつで、1628年(寛永5年)に創建されました。
重要文化財 六番櫓(ろくばんやぐら)
二の丸南側の石垣上には、2層2階でほぼ同規模の隅櫓【すみやぐら】が、東から西へ一番から七番まで建っていた。この櫓は東から六番目であることから「六番櫓」という。外側にあたる南面と西面に石落としを1カ所ずつ設け、窓は外側を中心に26、鉄砲や矢を放つための狭間【さま】を多数あけられ、外敵に備えた堅固なつくりをなしている。創建は徳川幕府による大坂城再築工事の最終段階にあたる寛永5年(1628)で、上層の破風【はふ】を飾る東西の懸魚【げぎょ】のうち、西側の懸魚の裏側に「寛永五暦辰拾月吉日」と書かれている。面積は1階が約224.16平方メートル、2階が約133.43平方メートル、高さは約15.4メートルある。Rokuban-yagura Turret
This is one of the seven turrets built on the stone wall on the south of the Ni-no-maru (Outer Bailey). The Rokuban-yagura Turret comes sixth when counted from the east, which accounts for the name rokuban, meaning sixth. With a device to drop stones to repel enemies climbing the stone wall, as well as a number of windows, this turret was highly resistant to enemy attacks. It was built in 1628, during the early Edo period, and is one of the two turrets that remain today out of the original seven turrets (the other being the Ichiban-yagura Turret).
堀の外側から見た六番櫓です。