今治城は築城の名手と謳われる藤堂高虎が築いた城で、日本初の層塔型天守とされています。三重の堀に海水を引き入れた特異な構造で、当時は港(舟入)を備え、海から堀へ直接船で入ることができる日本屈指の海城でした。高松城、中津城と並んで日本三大水城のひとつに数えられています。今治城は夜間のライトアップが大変美しいので、訪問の際はぜひ付近に一泊して堀の水面に天守や石垣が映る幻想的な光景を楽しみたいです。
目次
今治城を攻城した団員が残してくださったクチコミ(レビュー)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
項目 | データ |
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曲輪構成 | 輪郭式 |
縄張形態 | 海城(平城) |
標高(比高) | 12.7 m( -- ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
天守縄張、天守形式 | 独立式望楼型 |
天守の階数 | 5重6階 |
天守の種類 | 模擬天守 |
天守の高さ | 44 m |
天守台石垣の高さ | 14.56 m |
天守の広さ(延床面積) | |
天守メモ | 藤堂高虎によって1604年(慶長9年)に竣工したとされる独立式層塔型5重5階の天守は『寛政重修諸家譜』の記述によれば、藤堂高虎によって伊賀上野城に移築する目的で解体され、1610年(慶長15年)の丹波亀山城の天下普請の際に徳川家康へ献上されたと伝えられている。今治城の天守は最初の層塔型天守といわれるが、天守の存在は現時点では不明である。現在の復興天守は1980年(昭和55年)10月に鉄筋コンクリートで建てられたもので、なぜか望楼型になっている。 |
築城主 | 藤堂高虎 |
築城開始・完了年 | 着工 1602年(慶長7年) 〜 竣工 1604年(慶長9年) |
廃城年 | 1873年(明治6年) |
主な改修者 | |
主な城主 | 藤堂氏、松平(久松)氏 |
遺構 | 石垣、堀 |
指定文化財 | 県史跡 |
復元状況 | 模擬天守、鉄御門、多聞櫓5棟、石垣 |
更新日:2023/06/06 03:23:41
今治城には「攻城団コラボチラシ」があります。入手場所など詳しくは城メモをご覧ください。
項目 | データ |
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営業時間 |
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料金(入城料・見学料) |
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休み(休城日・休館日) | 12月29日~12月31日 |
トイレ | あり |
コインロッカー | |
写真撮影 | |
バリアフリー |
今治城の見所は城メモをご覧ください
さらに先の週間天気予報については気象庁のサイト 等で確認してください。
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 |
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じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。
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