棚倉城は丹羽長秀の長男、丹羽長重によって築かれた城です。幕末には阿部正静が城主をつとめており、棚倉藩は奥羽越列藩同盟に加盟したため、1868年(慶応4年)に勃発した戊辰戦争で板垣退助の率いる官軍800名の攻撃によりわずか1日で落城しました。現在、本丸および水掘が亀ヶ城公園として整備されており、本丸の堀、土塁がきれいに残存しています。石垣も一部、棚倉中学校グラウンド脇に現存しています。建築遺構としては近隣の長久寺に南門が移築されています。そのほか城跡の大ケヤキは福島県指定天然記念物に指定されています。また、毎年4月中旬の週末に「十万石棚倉城まつり(桜まつり)」が開催されています。
目次
棚倉城を攻城した団員が残してくださったクチコミ(レビュー)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
すべてを表示(19コメント)棚倉城に関するデータ 情報の追加や修正
375 m
内郭:-- 外郭:7.3 ha
丹羽長重
着工 1625年(寛永2年) 〜 竣工 1627年(寛永4年)
1868年(慶応4年)
丹羽氏、内藤氏、阿部氏ほか
曲輪、土塁、櫓台、虎口、石積、堀、狼煙場、土橋
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | 梯郭輪郭複合式 |
縄張形態 | 平城 |
標高(比高) | 375 m( -- ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:7.3 ha |
築城主 | 丹羽長重 |
築城開始・完了年 | 着工 1625年(寛永2年) 〜 竣工 1627年(寛永4年) |
廃城年 | 1868年(慶応4年) |
主な改修者 | |
主な城主 | 丹羽氏、内藤氏、阿部氏ほか |
遺構 | 曲輪、土塁、櫓台、虎口、石積、堀、狼煙場、土橋 |
指定文化財 | |
復元状況 |
更新日:2024/04/25 03:30:30
項目 | データ |
---|---|
アクセス(電車) |
|
アクセス(クルマ) |
|
駐車場 | 無料(100台) |
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
棚倉城について参考になると思われるインターネット上の情報へのリンクです。すべて別ウィンドウが開いて表示されます。
まだトピックがありません(情報募集中)
おそらく、八王子城の解説本の中で最も重要な一冊でしょう。
八王子城跡が現在のように整備されたのは、落城400年にあたる1990年以降のことです。本書の出版も同時期で、出版後に発見された遺構もあれば、今は目にすることのできない遺構も多数あります。言い換えると、1990年当時の八王子城跡の姿を記録した書であるとも言えます。八王子城に興味を持ってくださった方にはお薦めの一冊です。すでに廃刊となっていますので、古書店か図書館で探してください。
トンネル工事や台風・地震などにより、現在は失われてしまった石垣などの貴重な写真も多数掲載されていますが、白黒で小さいため分かり辛いのが残念。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する