別名 武蔵御嶽城、御岳城、高見城、金鑚御嶽城

御嶽城は山内上杉家の家臣である安保泰広の居城です。1552年(天文21年)に北条氏康に攻められ降伏すると、平沢豊前守政実が城主となり、西上野を支配した武田氏との最前線となりました。1570年(元亀元年)に武田氏に攻略されますが、翌年に甲相同盟が復活すると北条氏に返還されました。現在城址には切岸や堀切などの遺構が残っており、東曲輪に展望台があります。登城口は山麓の金鑚神社にあります。なお金鑚神社の多宝塔は1534年(天文3年)に安保全隆が寄進したもので重要文化財に指定されています。
御嶽城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
御嶽城へのアクセス情報 情報の追加や修正
金鑚神社参拝者用駐車場
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。 フィードバック
各スポットの詳細な位置関係は 周辺地図で確認してください。
御嶽城とあわせて訪問するのにオススメのお城です。
御嶽城の周辺にあるホテルや旅館を表示しています。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
情報提供元:楽天トラベル
まだ本城登録している団員がいません
築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する