攻城団からのお知らせ

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Sponsored by 七尾歴史たび研究会

前田利家の出世城、小丸山城を訪問してきました

この記事は七尾歴史たび研究会に協賛いただきました。ありがとうございます。

JR七尾駅からもっとも近いお城はじつは七尾城ではありません。
駅から徒歩圏内にあるのが、前田利家が築いたこの小丸山城です。現在は「小丸山公園」として整備されています。

公園の入口は巨大な堀切跡です。

ここで少し歴史のおさらいをしておきましょう。
利家が1581年(天正9年)に織田信長から能登一国を与えられると、それまでこの地域の中心だった七尾城を廃城にして、港を近い場所に小丸山城を築城しました(七尾城はその後も詰め城、出城として使われていた可能性もあるようです)。

しかし翌年に「本能寺の変」が起こり、さらにその翌年の1583年(天正11年)には「賤ヶ岳の戦い」が起こり、利家は羽柴秀吉方に寝返り、北ノ庄城攻めの先鋒をつとめた結果、加賀の一部を加増され居城を小丸山城から尾山城(のちの金沢城)に移しました。
その後は兄の前田安勝が城主となり、安勝は小丸山城代として元畠山家臣の長連龍を任命しています。

本丸跡にもかなり巨大な城址碑があります。

公園としてはかなり整備されていて、噴水や休憩できるベンチもたくさんあります。
園内には桜がたくさん植えられているので、春には花見客でにぎあうそうですよ。

展望スペースも設置されていて、七尾湾が一望できます。

また、本丸には日像上人の銅像が建てられていますが、この場所が櫓跡だそうです。

この日像(にちぞう)という人は日蓮の弟子で、京都の妙顕寺を建立した僧です。ピンときた方もいるかもしれませんが、秀吉が妙顕寺城を築いた、あの妙顕寺です。こんなところでつながるとは思いませんでした。
ちなみに現在の妙顕寺は秀吉によって移転させられましたが、現在も京都市上京区にあります(うちの近所です)。

つづいて、こちらが「天性丸」と呼ばれた二の丸跡です。

本丸と二の丸(天性丸)は橋でつながっていて、堀切の高さがよくわかります。

本丸の下に駐車場があり、そこに大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」の放映を記念して建てられた利家と芳春院(まつ)の銅像があります。

この先に2016年(平成28年)4月9日にオープンした「花嫁のれん館」があります。

休憩スペースと土産売り場は無料ですので、ひとまず中に入って休むことをオススメします。

小丸山公園といっしょに訪問したい場所が「山の寺寺院群(やまのでらじいんぐん)」です。
これは小丸山城の築城時に利家が移転配置した寺院群です。当時は寺を砦・出城として使用することは一般的でしたから、利家もそうしたんでしょうね。

浄土真宗をのぞく、29の寺院を配置したそうです。なぜ「浄土真宗をのぞく」なのか。答えは浄土真宗とは一向宗だからですね。1580年(天正8年)に和議が結ばれ、石山合戦は終結していたものの、まだ油断ならない状況だったので真宗寺院だけ城の近くに移転させなかったんでしょうね。

現在も16の寺院が現存していて、なかでも長齢寺(ちょうれいじ)は前田氏の菩提寺で、現在は資料館になっています。

利家の両親のお墓です。

長齢寺はもともと小丸山城に隣接する、現在の西光寺がある場所に「宝円寺」という名前で建てられていたそうですが、失火で焼失したためこの場所に再建されたそうです。
長齢寺という名称は利家の母である長齢院からとられています。

ほかにも高山右近をかくまった寺(本行寺)や、長谷川等伯にゆかりのある寺(本延寺)などがあります。

すべてのお寺をまわる場合は2時間くらい必要になると思います。

小丸山城は利家自身はほとんどここで暮らすことはなかったものの、まちがいなく利家の人生におけるターニングポイントとなった城であることはまちがいありません。
前田氏といえば金沢城(利家が入城したときは「尾山城」と改称)のイメージが強いと思いますが、その前に利家は「能登国主」の時代があったことも忘れちゃいけませんね。

   
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この記事は七尾歴史たび研究会によってスポンサードいただいています。

七尾歴史たび研究会(七尾商工会議所・のと共栄信用金庫)からのお知らせ

七尾城跡は戦国初期の雰囲気がのこる標高約300mの尾根に築城された山城です。1577年(天正5年)、上杉謙信との戦いに敗れるまで約150年、能登畠山家の居城として城下町とともに繁栄していました。本丸跡や旧大手道からは七尾湾をはじめとした能登半島を一望できる絶景が楽しめます。
畠山家が治め「天宮の城」と称された城跡散策と、上杉謙信が感嘆したといわれる眺望をぜひお楽しみください。また目の前に広がる七尾湾は天然の生け簀としてさまざまな魚介類を味わうことができます。

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