神戸城は神戸氏4代の神戸具盛が築いた城です。その後、養子にうけいれた織田信長の3男・信孝(神戸信孝)によって5重6階の天守が築かれるなど、大幅な改修が行われました。この天守は桑名城に三重櫓として解体・移築され、神戸櫓と呼ばれました。江戸時代には城主が度々代わり、一柳氏や石川氏が城主を務めた以降は、明治維新まで本多氏が城主となりました。城跡は公園として整備され、本丸には野面積みの天守台が残っています。また二の丸太鼓櫓が市内東玉垣町の蓮花寺の鐘楼として、大手門が四日市市西日野町の顕正寺に、それぞれ移築されています。
目次
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神戸城に関するデータ 情報の追加や修正
8.9 m
内郭:-- 外郭:--
5重6階
5重5階または5重6階の天守があったが、1595年(文禄4年)に桑名城に移築されたとされる。
神戸具盛
着工 天文年間(1532年〜1555年)
1871年(明治4年)
神戸信孝、本多忠統
神戸氏、一柳氏(5万石)、石川氏(1万石)、本多氏(1万5千石)
石垣、堀、移築櫓、門
県史跡
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | 輪郭式 |
縄張形態 | 平城 |
標高(比高) | 8.9 m( -- ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
天守縄張、天守形式 | 複合連結式望楼型 |
天守の階数 | 5重6階 |
天守の種類 | 非現存天守 天守の分類 |
天守の高さ | |
天守台石垣の高さ | |
天守の広さ(延床面積) | |
天守メモ | 5重5階または5重6階の天守があったが、1595年(文禄4年)に桑名城に移築されたとされる。 |
築城主 | 神戸具盛 |
築城開始・完了年 | 着工 天文年間(1532年〜1555年) |
廃城年 | 1871年(明治4年) |
主な改修者 | 神戸信孝、本多忠統 |
主な城主 | 神戸氏、一柳氏(5万石)、石川氏(1万石)、本多氏(1万5千石) |
遺構 | 石垣、堀、移築櫓、門 |
指定文化財 | 県史跡 |
復元状況 |
更新日:2024/03/19 14:42:01
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 | あり |
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この本は日経新聞の土曜朝刊別刷に掲載中の「何でもランキング(1〜10位)」の旅に関する記事をまとめたもの(2019年8月発行)。《第1部、絶景を見に行く》のコーナーには「闇夜に浮かぶ城、冬こそ必見」、《第2部、そぞろ歩きを楽しむ》には「1日で散策満喫、ほどよいサイズの城下町」のページがあってそれぞれ10の城と城下町が紹介されています。松本城と弘前城は両方にランクイン、また「〜城下町」の方にはこうの団長のコメントや「調査の方法」のところには「お城ファンサイト「攻城団」などの推薦や…」というちょっと嬉しい表記も。
たまには攻城しないお出かけ先を探してみようと久しぶりに書棚から出したのですが、やっぱり「城、城下町」のページを真っ先にチェックしました。さて、同行者の満足ポイント(街歩きと地元の食やお酒)があって、ほどよく攻城できる次の行き先はどこになるかな。
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