聖寿寺館は三戸南部氏の約200年間にわたる居城として知られています。もともとは「三戸城」と呼ばれていましたが、南部家の菩提寺である聖寿寺がそばにあったことから「聖寿寺館」と呼ばれるようになりました。24代・南部晴政が城主の1539年(天文8年)6月、家臣である赤沼備中の放火により焼失し、現在の三戸城に移ったとされています。その後、三戸城(留ヶ崎城)が築かれたため「本三戸城」と呼ばれようになりました。現在城址はりんご園になっており、周辺に堀跡が残っています。2004年(平成16年)には南部氏菩提寺のある「三光寺地区」などとともに国の史跡に指定されました。また北側にある正寿寺には27代・南部利直が、四男・利康の死をいたんで創建し、国の重要文化財に指定されている南部利康霊屋があります。
聖寿寺館を訪問した144人の報告によれば、平均見学時間は47分、平均評価は3.00点となっています。
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12月29日~1月3日
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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