三刀屋城は三刀屋氏の居城で、「尼子十旗」のひとつに数えられています。三刀屋氏は「承久の乱」で功のあった諏訪部扶長を祖とし、もともとは北側に位置する三刀屋じゃ山城(石丸城)を居城としており、三刀屋城はその支城でしたが、戦国時代に居城を移しています。その後、三刀屋氏は1562年(永禄5年)に出雲に侵攻した毛利氏に降伏すると、その家臣として仕えましたが、1588年(天正16年)に三刀屋久扶が毛利輝元の上洛に同行した際、徳川家康と面会したため輝元から疑われ領地を没収されました。現在城址は公園として整備されており、石垣や土塁などの遺構を確認することができます。
目次
三刀屋城に関するデータ 情報の追加や修正
120 m( 80 m)
内郭:-- 外郭:--
諏訪部扶長
着工 1221年(承久3年)
1615年(元和元年)
毛利氏、堀尾吉晴
三刀屋氏、毛利氏、堀尾氏
堀切、土塁、石垣
県史跡
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | 連郭式 |
縄張形態 | 山城 |
標高(比高) | 120 m( 80 m ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
築城主 | 諏訪部扶長 |
築城開始・完了年 | 着工 1221年(承久3年) |
廃城年 | 1615年(元和元年) |
主な改修者 | 毛利氏、堀尾吉晴 |
主な城主 | 三刀屋氏、毛利氏、堀尾氏 |
遺構 | 堀切、土塁、石垣 |
指定文化財 | 県史跡 |
復元状況 |
更新日:2024/04/27 03:55:32
三刀屋城へのアクセス情報 情報の追加や修正
あり(無料、10台)
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 | あり(無料、10台) |
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