名古屋城
16 名古屋城

[愛知県][尾張] 愛知県名古屋市中区本丸1-1


  • 平均評価:★★★★☆ 3.63(56位)
  • 見学時間:1時間44分(22位)
  • 攻城人数:2193(2位)

名古屋城の天守

本丸の北西隅に位置する名古屋城の天守は連結式層塔型で、この大天守が完成したのは1612年(慶長17年)のことでした。

1610年(慶長15年)から西国諸大名による天下普請で築城された名古屋城ですが、天守台の石垣は加藤清正が築き、天守は作事奉行の小堀政一、大工頭には中井正清と伝えられています(大工棟梁に中井正清で、岡部又兵衛が大工頭であったとの説もあるそうです)。

焼失前の本丸

戦前までの天守

名古屋城の天守は伊勢音頭にも「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と詠われているように、名古屋の象徴にもなっています。
また、姫路城熊本城とともに日本三名城に数えられることもあります。

大天守

大天守の屋根の上には徳川家の威光を表すためのものとして、金の板を貼り付けた金鯱(きんこ)――いわゆる「金のしゃちほこ」――が載せられました。

大天守は層塔型で5重5階、地下1階、その高さは55.6m(天守台19.5m、建屋36.1m)と、18階建ての高層建築に相当する規模で、高さでは江戸城(寛永天守、57.5m)や徳川大坂城(58.3m)の天守に及びませんが、延べ床面積では4424.5m2と史上最大級の規模となっています。

大天守の屋根には、より軽量で耐久性のある銅瓦が2層目以上のすべてに葺かれています。
築城当時は、最上層の屋根にのみ銅瓦が葺かれていたが、1755年(宝暦5年)に行われた大天守の修復工事の際に他の屋根も銅瓦葺とされました。現在の再建天守はこれを踏襲しています。

また同時に、雨水による屋根への負担を減らすための銅製の縦樋や、破風を保護するための銅板張のほか、地階に採光を取り入れるための明かり取り窓が石垣の上に設けられました。

現在の再建天守にも縦樋が設けられています

壁面は大砲による攻撃を考慮して樫の厚板を斜めに鎧状に落とし込んでいます。
外面はそれに土壁を厚く盛った上に漆喰を塗り、内面は檜の化粧板が張ってあったそうです。また、ふだんは土壁に塗り込められていますが射撃用の隠狭間(かくしざま)があり、戦闘時には土壁を抜いて使用することになっていました。

名古屋城の天守は創建以来333年間、何度かの震災、大火からも免れ、明治維新後の廃城の危機も切り抜けました(陸軍の中村重遠工兵大佐の働きかけによって姫路城とともに国費によって保存される処置がとられています)。

さらには1891年(明治24年)に起きた推定マグニチュード8.0の濃尾地震にも耐えましたが、残念ながら1945年(昭和20年)の空襲で焼失してしまいました。
焼夷弾(しょういだん)が、金鯱を下ろすために設けられていた工事用足場に引っかかり、そこから引火したといわれています。

毎日新聞社「一億人の昭和史 4」より

小天守

小天守は2重2階、地下1階の造りで、大天守への関門の役割がありました。
平面は長方形で外見は千鳥破風がひとつのみという簡素な意匠ですが、規模は他の城の三重天守を凌駕する大きさとなっています。

なお、大工頭を担当した中井家に残された指図によれば、大天守の西にもうひとつの小天守があった、もしくは、計画されていたという説があります。
大天守台西面にも開口部を塞いだような跡が見られます。

戦後の再建天守

1945年(昭和20年)5月14日の空襲で消失した名古屋城の天守ですが、戦後間もない1954年(昭和29年)には名古屋市民らによって名古屋城再建基金がはじまったそうです。

その後、1957年(昭和32年)に名古屋市制70周年記念事業と位置づけられて、建設会社・間組により天守の再建が開始されました。
このとき、大天守を木造とするか否かで議論があったそうです(けっきょく焼失で傷んだ石垣自体に建物の重量をかけないよう配慮するため、鉄骨鉄筋コンクリート構造の外観復元となりました)。
起工式は1958年(昭和33年)6月13日、竣工式は1959年(昭和34年)10月1日でした。

再建された大天守は築城当時と異なり、5重7階となっています。
城内と石垣の外側にはエレベータがそれぞれ設置されており、車椅子でも5階まで上がることができるバリアフリー構造となっています(5階から最上階展望室までは階段のみ)。

外観は当時の天守をほぼ忠実に再現されましたが、最上層の窓は展望窓として焼失前より大きなものとしたため、下層の窓と意匠が異なっています。

天守内部

天守最上階は展望フロアになっており、名古屋市内を広く見渡すことができます。
また、天守内部には重要文化財の障壁画・歴史資料が展示されています。

5階には実物大の金鯱が展示されています。

3階は当時の城下町を再現したフロアとなっています。

巨大な城下町の復元模型も展示されています。

階段で最上階までのぼることもできますが、まずエレベータを利用して5階まで上がり、そこから階段で最上階にいくことをオススメします。
(帰りは階段で降りながら各フロアの展示物を見ることができます)

木造による天守再建案

現在、名古屋市では木造による天守の再建が計画されています。

2009年(平成21年)8月10日の定例記者会見で、名古屋市の河村たかし市長は名古屋城天守閣を現在のコンクリート造から木造に建て直すことを本格的に検討すると発表しました。
その後、2013年(平成25年)1月4日には、名古屋市は2013年度から、名古屋城の天守閣を現在の鉄筋コンクリート製から本来の木造に建て直す復元事業に着手すると発表しました。

試算では復元にかかる費用は300億円とのことで、寄付金を含め調達方法を検討しています。

   
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