金川城は松田氏は備前西部を支配した戦国大名、松田元成の居城です。松田氏中興の祖としても知られる元成が1480年(文明12年)に富山城から居城を移すと、以降、松田氏代々の居城となりました。1568年(永禄11年)に松田元輝が舅(岳父)である宇喜多直家によって攻められ落城すると、13代235年つづいた松田氏は滅亡しました。その後、城代として直家の弟である宇喜多春家が入りましたが、「関ケ原の戦い」で宇喜多氏が改易となり、代わって小早川秀秋が入封すると廃城となりました。「西備前一の堅城」と謳われた、岡山県下でも天神山城と並んで屈指の規模を誇る中世山城で、現在城址には石垣や井戸などの遺構が残っています。
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団員ブログ記事の丁寧な紹介記事を読み、攻城団テレビでも紹介されたので、面白そうと思って購入しました。
新書らしく、わかりやすい言葉と文章でまとめられており、歴史初心者の自分でも、挫折せずに読了できました。
「身勝手」「型破り」と、どちらかといえば批判的に捉えられてきた細川政元の行動を、時代背景、育った環境や人間関係等含めて丁寧に再検証し、「なぜ、その行動、選択に至ったのか」を読み解いています。
政元の再評価を目指して書かれた為か、全体にあたたかな目線で人物像が描きだされており、全肯定というわけではないけれど、好感が持てました。
また、タイトルにある「オカルト」に含まれる修験道への傾倒が、「境界を越えることができる者への憧れ」という考察には、とても納得させられました。
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