別名 小川鶴見城、信楽小川城、城山城

小川城は「本能寺の変」の際に堺見物をしていた徳川家康が伊賀越えをする途中で一夜を明かした城だと伝えられています。北西麓の中ノ城、南西側の小丘陵に位置する西ノ城を支城として一体となって機能していた複合城郭でした。1585年(天正13年)頃に多羅尾光俊が大規模改修をおこないましたが、光俊の娘が豊臣秀次に嫁いでいたため秀次の切腹(いわゆる「秀次事件」)に連座して改易され廃城となりました。城址は散策しやすく整備されており、周囲を土塁に囲まれた曲輪や石垣などの遺構が残っています。なお、鶴見伊予守定則(道宗)ではなく、鶴見伊予守長実や小川俊盛(富永俊盛)によって築かれたという説もあり、築城年代・築城者については定かではありません。
小川城を訪問した102人の報告によれば、平均見学時間は1時間30分、平均評価は3.50点となっています。
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情報提供元:楽天トラベル
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黒まめさんのレビューを見て、読んでみることにしました。
この本では、行きにくい城には遺構が多く残っているということで、敢えて行きにくい城が初級編、中級編、上級編、そして変態編の4グループに分けて掲載されています。初耳の城も有りましたが、日本100名城、続日本100名城に指定されている城も多く紹介されていますので、名城巡りをされている方も参考になると思います。
この本に掲載されている城で行ったことがあるのは初級編の杉山城のみで、今思えばこのお城ですら駅からの往復で1時間半程度をかけてやっと攻城しているので、「行きにくい城」を体感しているので納得です。
掲載されているお城は何れも公共交通機関ではなかなか行きにくい様ですが、車で行く場合に重要な駐車場情報が掲載されているし、トイレの有無、携帯電話の通信状態なども掲載されていますので攻城時非常に役立つと思います。
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