(この記事は2010年1月に自分のブログに書いたものを転載したものです)
実家からそんなに遠くないので、篠山城と竹田城にも行ってきました。竹田城については明日紹介しますが、今日は篠山城です。

篠山城は天下普請としてあの築城名人である藤堂高虎が縄張を担当して、池田輝政が普請総奉行を務めたというお城で、1609年(慶長14年)に徳川家康が豊臣家と毛利家をおさえるためにつくった戦略的意味合いの強いお城です。
篠山城のある丹波篠山盆地は山陰道の要衝ですからね。この当時の合戦は街道や港湾の確保が優先課題だったので、山城の八上城では都合が悪かったのでしょう。
お城巡りってのはこのへんの歴史的な背景を勉強するとよりおもしろくなりますね。
残念ながら当時のまま残っているのは石垣と堀のみですが、堀はけっこう埋められてたみたいです。 いまは復元された大書院だけで、100名城のスタンプはここにあります。
やっぱり木造の復元はいいですね。
天守台は残ってます。というか当時から天守はつくられなかったらしいですね。
天守がつくられなかった理由は諸説ありまして、城の造りがあまりにも堅固すぎることを幕府が懸念したという説や、豊臣家や毛利家との力関係を考えてそこまでの備えは不要と判断したからという説や、次の天下普請として築城される名古屋城に借りだされたためにそれどころじゃなかったという説があります。
ちなみに名古屋城の天下普請は1610年(慶長15年)にはじまっていて、ぼくは最後の説を支持しています。
本丸跡には案内板がありました。
あと、篠山城は天下普請でつくられたお城ということもあって、石垣の刻印がたくさんあります。
諸大名が「これは自分が持ってきた石だぞ」と主張するための印ですね。
ほんとにたくさんあるので、訪問した際はぜひ探してみてください。
(たぶん探すまでもなくたくさん見つかると思います)
駐車場は1日200円でした。
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