赤穂城
赤穂城

[兵庫県][播磨] 兵庫県赤穂市上仮屋


  • 平均評価:★★★★☆ 3.51(57位)
  • 見学時間:1時間17分(34位)
  • 攻城人数:2907(51位)

大石頼母助屋敷門

本丸門の前、二の丸庭園前に大石頼母助屋敷門が復元されています。
この薬医門は2009年(平成21年)3月に発掘調査の結果に基づき、復元されました。

大石頼母助は浅野時代、二の丸に唯一屋敷を構えていた家老です。
その屋敷の一角には謫居させられた山鹿素行が暮らしていたこともあります。

大石頼母助屋敷門(おおいしたのものすけやしきもん)
構造形式
薬医門(一間一戸潜門付)
木造 切妻造 本瓦葺
主要寸法
桁行三・一八m 梁間一・九一m
軒高二・八八m 棟高四・五五m
 大石頼母助良重(よししげ)は、大石内蔵助良雄(よしたか)の大叔父にあたる人物で、家老職にあった。藩主浅野長直(あさのながなお)に重用され、二之丸に屋敷を構え、その妻は長直の娘を迎えた。山鹿素行(やまがそこう)が赤穂に配流(はいる)された際、素行はこの屋敷の一角で八年余りを過ごしたという。平成十〜十三年にかけて実施された二之丸庭園の発掘調査によって、頼母助屋敷の門跡のほか土塀基礎石列、建物礎石、上水道遺構などが見つかった。門は、発掘調査によって見つかった遺構に基づきその規模及び構造が検証され、薬医門(やくいもん)形式の屋敷門として平成二十一年三月に整備された。赤穂市・赤穂市教育委員会

工事は、2008年(平成20年)10月3日に着手、12月より基礎工事がはじまり、2009年(平成21年)1月になって現場組み立てが行われ、3月25日に完成しました。

薬医門部分の規模は、桁行3.182m、梁間1.909m、軒高2.757mを測り、平葺面積は27.50mとなります。

   

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今日のレビュー

図説 近世城郭の作事 天守編

江戸城天守を再建する会の特別顧問をされている三浦正幸先生が書かれた著書で三浦先生のお話は講演会等でよくお聞きしているので、お城の構造について勉強したく手に取りました。前半は天守の外壁、窓、狭間、石落、そして基本的構造について詳細に解説されており、外壁の仕上げ、屋根、破風の形に格式の上下があることを知り、今後天守の見方が変わるように思えました。後半は現存12天守、失われた天守の詳細説明がされています。熊本城の宇土櫓が第一期普請で建てられた初代天守であることを初めて知りました。この一冊で天守の構造に付いてほぼ網羅していると思いますので、天守の構造について詳しく知りたい人にはお勧めです。なお、続編として「櫓・城門編」もあるようですのでそちらも読んでみようかと思います。

まーちゃんさん)

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