別名 兼山城、烏峰城、烏ヶ峰城

美濃金山城は1537年(天文6年)、斎藤正義が「烏峰城」として築城したのが最初です。その後、織田信長が森可成にこの城を与えた際に「金山城」と改名しました。信長とともに本能寺で討たれた森蘭丸はこの城で生誕しています。安土城の天守とほぼ同時期に建てられたとみられる複合式層塔型2重2階の天守がありましたが、「関ケ原の戦い」直後の1601年(慶長6年)に破城されました。遺構の保存状態も良く、山裾にある公園「蘭丸ふる里の森」からは遊歩道が整備されています。
美濃金山城を訪問した1741人の報告によれば、平均見学時間は1時間2分、平均評価は4.14点となっています。
目次
美濃金山城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
美濃金山城に関するデータ 情報の追加や修正
277 m( 160 m)
内郭:-- ha 外郭:-- ha
2重2階
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金山城の天守が犬山城の天守として移築されたという伝承がある(金山越し)。1961年(昭和36年)に行われた犬山城天守の解体修理の際に調査した結果、移築の痕跡がまったく発見されないと報告され移築説は否定されたが、近年になり三浦正幸氏(広島大学名誉教授)らから肯定的な見解も示されている。
斎藤正義
着工 1537年(天文6年)
1600年(慶長5年)頃
森可成、森長可、森忠政
斎藤氏、森氏
天守跡、本丸、二の丸、三の丸、出丸、櫓、腰曲輪、石塁、土塁、大手門跡、堀切、米蔵
国史跡
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更新日:2026/06/09 03:48:23
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情報提供元:楽天トラベル
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黒まめさんのレビューを見て、読んでみることにしました。
この本では、行きにくい城には遺構が多く残っているということで、敢えて行きにくい城が初級編、中級編、上級編、そして変態編の4グループに分けて掲載されています。初耳の城も有りましたが、日本100名城、続日本100名城に指定されている城も多く紹介されていますので、名城巡りをされている方も参考になると思います。
この本に掲載されている城で行ったことがあるのは初級編の杉山城のみで、今思えばこのお城ですら駅からの往復で1時間半程度をかけてやっと攻城しているので、「行きにくい城」を体感しているので納得です。
掲載されているお城は何れも公共交通機関ではなかなか行きにくい様ですが、車で行く場合に重要な駐車場情報が掲載されているし、トイレの有無、携帯電話の通信状態なども掲載されていますので攻城時非常に役立つと思います。
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