烏山城は那須与一の子孫である那須氏の居城として知られています。那須氏の時代には佐竹氏によって何度も攻撃されましたが、いずれも退けています。しかし那須資晴の代の1590年(天正18年)、小田原攻めの参陣が遅れたとの理由で、豊臣秀吉に改易されたのちは織田信長の次男である織田信雄が入城し、2カ月間だけ城主をつとめたこともあります。その後、江戸時代には短期間に城主が交代し、明治維新後に廃城となりました。現在は県立自然公園として、石垣・土塁などの遺構が良好な形で残っています。また、搦手門が市内の民家に移築され現存しています。
目次
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202 m( 120 m)
内郭:88 ha 外郭:--
那須資重
着工 1418年(応永25年)
1869年(明治2年)
堀親昌
那須氏、成田氏、板倉氏、堀氏、大久保氏など
現存 石垣、土塁
国史跡
項目 | データ |
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曲輪構成 | |
縄張形態 | 山城 |
標高(比高) | 202 m( 120 m ) |
城郭規模 | 内郭:88 ha 外郭:-- |
築城主 | 那須資重 |
築城開始・完了年 | 着工 1418年(応永25年) |
廃城年 | 1869年(明治2年) |
主な改修者 | 堀親昌 |
主な城主 | 那須氏、成田氏、板倉氏、堀氏、大久保氏など |
遺構 | 現存 石垣、土塁 |
指定文化財 | 国史跡 |
復元状況 |
更新日:2024/04/26 03:28:47
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 | あり |
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