岩略寺城の詳細は定かではありませんが、一説には今川氏の一族である関口満興の弟の直幸が長沢氏を名乗り築いたとされます。「桶狭間の戦い」後は今川氏から独立した松平家康によって攻略され、深溝松平伊忠が守将として入城しています。その後、徳川氏の関東移封に伴い、廃城になったと思われます。現在城址には土塁や三日月堀、井戸跡などの遺構を確認することができます。
岩略寺城を訪問した122人の報告によれば、平均見学時間は1時間9分、平均評価は3.90点となっています。
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攻城団の勉強会で話題となった江戸時代に書かれた日記関係の書籍を読んでみたくなり、図書館のホームページで検索した所、何度か読んだことのある山本博文先生が書かれた「江戸お留守居役の日記◆寛永期の萩藩邸◆」が抽出されたので読んでみることにしました。内容は萩藩の江戸留守居役である福間彦右衛門によって寛永期に書かれた日記が元になっています。この本を読むまでは、江戸屋敷に常駐している藩士は自由に江戸の町で行動出来ると思っていましたが、実際はかなり制限されており、不自由な生活を余儀なくされていた事を知りました。そのような過酷な環境の中で藩士が起こした不始末や幕府から出された命令を、留守居役の彦右衛門が町奉行、旗本と相談しながら解決していく様が描かれています。なお、屋敷外での勤務、藩邸周辺の警備にあたる辻番所は近代の交番のルーツだそうです。当時の江戸屋敷の武士、町民の生活が垣間見られた一冊です。
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