別名 淀新城、てん城、新淀城

淀城は江戸時代に徳川秀忠の命により松平定綱が築いた城です。築城に際し、廃城となった伏見城の資材を転用、二条城の天守を移築したと伝えられています。秀忠・家光父子が上洛の際にはこの城を宿舎としたそうです。江戸中期には春日局の子孫である稲葉正知が入城し、幕末まで稲葉氏が城主を務めました。幕末には老中である稲葉正邦も城主を務めています。現在は淀城跡公園として整備されており、石垣や天守台が残っています。京阪電車・淀駅のホームから天守台の石垣を見ることができます。
淀城を訪問した966人の報告によれば、平均見学時間は33分、平均評価は3.05点となっています。
淀城は淀藩の藩庁です。
目次
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淀城に関するデータ 情報の追加や修正
14.1 m
内郭:-- ha 外郭:-- ha
5重5階、地下1階
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一国一城令に基づき、伏見城の廃城を決定、その役割を代替するために徳川幕府は松平定綱に淀城を構築させた。当初は伏見城の天守を移築する予定だったが、天守台が小さすぎたため、代わりに二条城の天守を移築した。その後、この連立式望楼型天守(独立式の説もあり)は1756年(宝暦6年)に落雷により焼失。
松平定綱
着工 1623年(元和9年) 〜 竣工 1625年(寛永2年)
1871年(明治4年)
永井尚政
松平氏、石川氏、稲葉氏他
石垣、堀、天守台、本丸跡、二の丸跡等
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城郭は(淀城跡公園)
更新日:2026/02/15 03:32:40
淀城へのアクセス情報 情報の追加や修正
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情報提供元:楽天トラベル
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